☆いい女☆で行こう!

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「身の甘さ」と制裁について
っ払って女の子に手を出してしまったというのは、確かに「身の甘さ」かもしれない。
放置自転車の迷惑や、副流煙の健康被害、上司が強い口調で部下を叱責して体調を崩させてしまうのも、すべて「身の甘さ」だろう。
そして「身の甘さ」を徹底的に弾劾し、それを糺すには、極大化した「制裁」が有効になる。
ささいな一言で、人を傷つけてしまうこともあるのだ、そのことに配慮できないのは「身の甘さ」だ、そのことには極大化した制裁を加えよう/ということで、現代社会というのは、「身の甘さを極小化し、制裁を極大化した者」が正義となる、それがこの時代の常識だ。

さて、そのことをSNS化した各人が選んだわけだが、ふと気づけば、本当にわれわれは、そんな「身の甘さゼロ、極大の制裁社会」を選んで、その中を生きていけるのだろうか/Xさん、あなたはこの先の生涯すべてに亘って身の甘さはゼロということなのか、だとしたらハンパねぇ自信だなと思うが、僕にはそのマネは到底ムリだ。
自慢じゃないが、僕なんか、身の甘さがスターフルーツ並なので、誰に向けても「制裁」なんて発想はもたないようにしているのだ、ガチの罪だけ司法に裁いてもらえばいいやと、僕は現代人らしからぬ甘〜いことを考えている(あくまで僕個人は)。
このところ、長いこと「カルマ」うんぬんのことを研究しているが、他人の身の甘さに「制裁」の発想をもった人は、当然、自分の身の甘さについても「制裁」が下るものだ/それはなんというか、ゲームが超難度になるという感じで、わずかでも操作ミスしたら即ゲームオーバー、破滅です、永劫の闇が妥当です、というようなゲームに自分もなるということ、僕にはそんなゲームをまともに生きていける自信がまったくない。
一言もミスなし、一手もミスなし、一ミリもブレなし、他人への迷惑ゼロ、それをわずかでも違えたときはただちに入水自殺してサカナのエサになるべしという、そんなハードモードで生きていける気が僕はまるでしないのだ、器量の問題でね、そういうハードモードは超絶器量の人々に任せるとして、僕のほうは制裁といってもほっぺたをつねるぐらいで許してね〜☆お願い/と、僕は文学者として星マークを使っていくぐらい身の甘い人間だ。

Xさんは、生涯にわたって身の甘さゼロ、我が身に極大の制裁も辞さず、真実の愛のみを所有し、純潔多大なる社会貢献をなし、尾籠のない超越満足を得る/少なくとも他人にかける迷惑はパーフェクトゼロだ。

Xさんは、わずかでもそれを違えたら、ただちに地獄に落ちます、帰ってきません、と宣言している、ものすげえ根性だと思うが、今一般に現代人に求められているのはそのクオリティだ、一分でもサービス残業をさせたら煉獄行き、一秒でも差別意識をもったら地獄行きだ。
なんというか、仮に、「甘々」の世界が――自転車の放置はしゃあない、タバコぐらいポイ捨てしろよ、上司は怒鳴るぐらいしゃーない、先輩にシバかれるのは慣れろ、セクハラしたらひたすら本気出詫びて許してもらうしかねぇ、という世界が――あったとして、それでも僕はなお、まともに生きていくのはそんなに簡単じゃないと思っている、僕はそれぐらい身の甘い人間だから、甘々の世界でさらに多くの許しに助けられてしか、「生きていてよかった」とよろこべる時間は得られないと思う/見よこれが真の「身の甘さ」ってもんだぜ、おそれいったか。
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