☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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頭上からの涙
「全員」は「ビシャッ」だ。
そして、頭上の感覚は、天というか星空というか宇宙だが、この「ビシャッ」と「天」が同時に起こってつながると、涙が出るわ。
「天」のほうとつながると、「あ、これは涙だわ」というのがわかる/「全員」イコール「ビシャッ」のほうは、唸りであり無限の間熱であり咆吼なのだが、そのとき天は星空だ、たぶん同時にやるのはけっこうむつかしいことだが(おれは余裕だ)、おれは昔このビシャッと星空を淡路島の夜に見たことがあるぞ。
「個人」って何だろうな、たぶん「個人」というのは、本当にただの「容れ物」だぜ、この「個人」という感覚事象をあれこれしてみるということは、本当に何も本番じゃない、「弁当箱をかじっている」というような状態だな。

「個人」というのは「箱」なのだ、いわゆる「殻を破れ」というときの殻にあたるのかもしれない。
自分を解放するというのは、自分という「個人」を解放するということではないな、薬のカプセルみたいに、カプセルが溶けないと薬効がないよ、というようなことだ。
その薬効をステージに並べるのに、カプセルを並べる人は、「何やってんねん」という状態だな、おれは薬効であって、カプセルになっている「個人」はおれの容れ物でしかないよ、このカプセルが対話することにはまったくといっていいほど意味が無い。
自分を解放するということは、個人(カプセル)の中の、「全員」という事象を解放するということだ、「全員」こそ真のおれだということ、おれを解き放つということは「全員」という事象を解き放つということだ/いやあまさか「おれ」は「全員」だったとはな。

すべての景色に情熱と涙がある理由がわかった。

ついにわかった、ということかもしれない、そしてこの「全員」というのが、たぶんヨーガ的な「真我」でもあるのだろう、よって、真我イコール全員という、結論だけ聞くと「なにそれ」必至の、おもしろい話ばかりなのだった。
「全員」が「ビシャッ」なら、「天」は「キー」だ、耳鳴りのような高い音が鳴っている、これは涙になる、楽器の音色でいうとバイオリンの高音に近い、直撃すると涙のみならず鼻血になる可能性もある/バイオリンが涙の鼻血を出させた、という事例が過去のレポートにあるかもしれない(調べようはない)。
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