☆いい女☆で行こう!

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われわれが痛みの餌食になる方法
「ためしてガッテン」で、慢性痛の特集が組まれていた。
なんと、(心理的)認知行動療法で、慢性痛が改善するということだ/なぜ改善するかというと、痛みそのものがファントム(幻想)として生じている場合があるからだ。
極論すると、「ボサーッとしていると、ありもしない痛みに苦しみ続ける」ということがありうるということだ、まさにカルマという感じがしてしまうが……原因のない痛みなんてもう逃げようがないからな。
達成感という言い方は、僕は好きではないが、日々何かを「達成」している人は、痛みに苦しまなくて済むようだ、もちろん本当に原因があって痛いものは別だが、それにしても「痛み」や「炎症」というのは、どうも経験上、そんなに単純な生理現象ではない、正当に思える理由さえ、そのまま痛みの肯定にはつながらない。

人は、ありもしない痛みに苦しみ、ありもしない炎に焼け焦げるのだ。
今や街中に、不機嫌な老人を見つけるのはむつかしくないことだが、なぜそういった老人は、「むかしむかし、あるところに……」というようなおじいさんおばあさんにはならなかったのか、なぜ老境を得てなお、安らぎの一端を掴むこともなく、残された日々を徹底した不機嫌で生きているのか。
もし、毎朝起きたときに、何もないのに身体のあちこちが痛い、身動きできないほど痛い、そして何もないのに猛烈に爆発しそうにイライラする、というようなことが、無条件で発生したとしたら、われわれはどうするだろう、どうするといって、もう「どうしようもない」のだ、そのまま何十年間も生きねばならず、その時間を支えて愛してくれる人など一人もいない/疎まれるだけの日々が何十年も続き、ずっと強がっていなくてはならず、しかもその先に待ち受けているのはよくわからないままの「死」だ。
ここ数年の、炎上騒ぎに加担した人たちは、己の行く先に恐怖しないのだろうか、いずれ己に痛みと焼け焦げの時間が始まるのはミエミエだというのに/そんなバカなことをしておらず、どんなささやかなことでも日々達成していくべきだ、われわれは学門をするためにこの世に生まれ落ちている、ボサーッとしていれば逃げ切れるかというと、そうじゃない、そんな逃げ切り方はできないように作られている。

空っぽの時間は、やがて痛みと焼け焦げになって戻ってくる。

「ためしてガッテン」で紹介されたように、習字をしたら慢性痛が治ったとか、毎日書店に通ったら慢性痛が治ったとか、事実としてレポートがあって、今やその認知行動療法が、慢性痛治療法の最右翼だとアメリカでは目されつつあるとのことだ/<<われわれはボサーッとしていると痛みの餌食になり続ける>>のだ。
ボサーッとしているのが一番ラク、ということではないんだな、脳みその全体が活性化することで、痛みは取り下げられるのだと、「ためしてガッテン」で説かれていた/脳みその活性化をしんどがっていたら、後になって真のしんどさが降りかかってくるよ、前者の「しんどい」はシャレで済むが、後者の「しんどい」はシャレでは済まない、われわれの生死を決定してしまうようなたぐいだ。
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