☆いい女☆で行こう!

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多くの場合、人生はびっくりするぐらいつまらない

くの場合、人が生きるというのは、びっくりするぐらい「つまらない」という実態に行き着く。
なんというか、たとえば百歳まで生きたバーサンが、同じく百歳まで生きたジーサンに看取られて亡くなるということがあったとき、そこにある実態は、すべて「?」なのだ。
驚くべきことなのだが、精密に追求していくとやはり、人はたとえ百年連れ添った誰かであっても、その人のことがわからなかったら、ずっとわからないままなのだ、百年連れ添ったバーサンが死んでも「?」だし、またバーサンの側も「?」のままなのだ。
つまり、多くの人は、この世界の何とも出会わず、誰とも出会わず、何一つもわからないまま、「?」のまま死んでゆくのだ、それは逆に絶望さえないという状態で、ただルーチンとカルマの循環がひとつ繰り返されたという、本当にそれだけで終わるのだ。

まったく冗談でなく、われわれの「メイン」の生き方は、そんなもんだと言い切るしかない、だって本当にそうだからね。
百年生きた人が、何にも出会わないまま、「?」のままずーっと生きているのだから、言ってしまえば、この人はずっと中空で独り言を言っていても変わらなかったということだ/本当にこの人は、生きていて「何もなかった」のだ、これにこころや感情を傾けても、本当にびっくりするぐらい何のレスポンスもない。
この、「何にも出会わないマン」「永遠の独り言マン」に、仮に百年間、誕生日プレゼントをしたとしても、本当に何も届いていないのだ、その場では当人はいい気分になるだろうが、本当にこの人は自分の気分しかなくて、誰かに向けて「ありがとう」というこころが起こることは一ミリもない。
僕は、そういう人のことを責めているのじゃない、ただガチでそういうものなので、本質的に相手しちゃだめだよと警告したいのだ、そういう人は本当にこの世に「存在」していないのだ、なぜなら彼にとってこの世界もまた存在していないし、彼から見ればあなたも存在していないのだから。

本当に、そういう人は、電柱に看取られても同じなのだ。

仮に、娘の前で母が泣いているシーンがあったとして、それは何か母子的なこころうんぬんに見えるが、本当はそうではないのだ、この母は自分の気分のみで泣いているので、娘の代わりに電柱を置いても同じなのだ/この世で何にも出会わない人のほうが「メイン」なのだと、われわれはいつか気づく必要がある。
この話は、絶望的というより、「つまらなさすぎワロタ」ということに行き着く、でも本当にカルマと輪廻が繰り返されるってそういうことだぜ、本当に何もなく「?」のままカルマだけがえんえん繰り返されていくんだ、そりゃニーチェだって発狂すると思うよ/ただしそれは、おれのようにバッチリ「存在」している者は別だ、だからたくさんの人が、わざわざ僕に「会いに行かなきゃ」と感じてくれているんだろうな(もうごまかしていても意味がない)。
 

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