☆いい女☆で行こう!

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カルマ肉の真相2

は蛇として生まれ、生涯シャーシャー言い続けるし、猿は猿として生まれ、生涯キーキー言い続ける。
カルマというのはそういうことなので、何もむつかしいことはない。
ホモサピエンスの場合、表出は多様化するが、それは表面上のことにすぎず、カルマの原理はシンプルなままだ、やはりホモサピエンスも、生涯シャーシャー言い続けたり生涯キーキー言い続けるのだ。
重要なことは、それが一切「変わらない」ということ、生涯に亘って変わらないというのもそうだし、先祖から末裔までずーっと「変わらない」ということだ、色んな波瀾万丈があるように表面上見えるが、それは欺瞞であって、カルマが繰り返されているという本質には一ミリも変化がないのだった。

だから、言ってしまえば、われわれが一般に思っている「人生」など、存在していないとみなしていい。
カルマが循環しているだけなので、人生といっても、ただのコピー&ペーストなのだ、同じハンコが繰り返し捺されると見てもいいし、同じ版画が繰り返し刷られると見てもいい、その木版がすり減って消え失せていく劫のかなたまで繰り返される/この版画ボンバーのいちいちをじっくり見せられても何の利益もないのだ、だって「前回と同じでしょ」ということが先にわかっているのだから。
われわれは「時の流れ」みたいなことを言いたがるが、確かに時空として時間は流れているにせよ、カルマ肉的なものはずっと同じ循環をしているだけなので、「時の流れ」みたいなことは関係ない、その関係ないことを言いたがるということを、過去もやってきて、現在もやっており、未来もやるというだけだ、こんなものをいちいちじっくり見せられ&聞かされていたらヒマで退屈でしょーがない。
千年前の蛇は「シャー!!」だろうし、今年の蛇も「シャー!!」だろうよ、千年後の猿も「キー!!」だろうな、これは時が流れても変わらないということではなく、カルマという事象平原に時間が流れていないということだ、劫末まで同じディスクを回転再生しているだけなんだよ、「いいかげんに飽きろよ」と言われたらぐうの音もでない。

シャーシャー、キーキー、ドッカーン言っている人があるが、それは人ではなくてディスクです、お疲れ様でした。

だから、本当にそこに注目しても、何の意味もないのだ、だってそのディスクが大画面・大音量で再生されるか、ミニモニタ−・微音量で再生されるかという違いしかないからな/えげつないことを言っているみたいに聞こえるが、おれがえげつないんじゃない、真相がえげつないから自動的にえげつない話になるのだ、しゃあないだろう。
まさか「人」ではなくて「ディスク」だったとは……僕は人を罵っているのじゃない、人を愛しているからディスクを罵っているのだ/単に凶暴化したカルマ肉なら大画面・大音量でディスクを再生するというだけ、縮こまった肉ならミニモニター・微音量でディスクを再生するというだけだ、内容は同じだ、僕はすべてのディスクが放棄され「人」の姿が生じてくる光景にずっとあこがれ続けている。

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