☆いい女☆で行こう!

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「あなた、あの子にもしてあげたんでしょ、あなたって本当にやさしいわよね」
まにはこういう話をしないと救済にならない、特に女性にとっての救済がなくなる。
震えるほど、前を見て、何もかも蹴散らして、清潔、「すごい」と思える人、「この人は死んじゃだめ」と思える人、そういう人と交差し、そういう人と、たまに重なって生きていくといい。
セックスのために自分を調整して、セックスにターゲットを絞り、セックスに「ボク」を発揮しようとする男は、たいてい女をげんなりさせる(たいてい、というレベルじゃないな)、そうしてげんなりダメージを負うとけっこう尾を引いてしんどいものだ。
女は、どうしてもセックスに囚われてしまうところがあるので、女から見て男は、セックスに囚われていない人であってほしいのだ、セックスして数分後、「あっこの人、もうセックスしたこと忘れているわ」という眼差しを見て、女は「よかった」と思える/僕は男なので本当のことは知らず、もちろん口から出任せでテキトーを言っているのだ。

理想的には、女としては、すれ違いざまに抱かれた、というぐらいが、本当はベストなのかもしれない。
全身にみなぎる鋭気とやさしさ、集中力と荘厳、同時に保たれているやわらかさとユーモアの気配、そして燃焼と可能性、危険と慈愛の只中にいる男の双眸と、たまたますれちがうことがあって、「あっ」と思ったとき、すれ違いざまに抱かれて、その後は何事もなかったように立ち去られた、「わたし震えちゃった」というのが、本来は理想的なのかもしれない。
セックスは男の時間であるべきで、その男の時間の中、女は自分の吾我が消えてほしいのだ、男の時間を成り立たせるために自分がそこにあった、というのがベストなのだ、つまり女性にとってセックスは「おまんこ」であってほしくないということ。
セックスというのは、特に女性にとって、ネチネチした遺恨モノになるのが最悪のケースだが、だからこそ、元々がネチネチの遺恨モノのように生きている男性だけはカンベンなのだ、そういう男がセックスに必死であれば必死であるほど、「ヨソを当たってよ」という気持ちにどうしてもなる/ただし、よっぽどさびしがっている依存症の女は別で、共依存したい場合はそういう遺恨ワールドもありということだろう(おれはいやだ)。

「すごい人だったわ、そして、何でもなかったわ」というのがいい。

昔、六億年前の僕の経験によると、一番まともな状態のとき、女性は僕の相手をつとめることを「当たり前じゃない?」と言ってくれ、つまり「あなたがわたしをこうするのは正しいことよ」と僕によく話してくれた、もちろん六億年前の話なのでアテにされても困るし、もういろいろ時効だということでお許し願いたい。
冗談でなく、六億年前には、「あなた、あの子にもしてあげたんでしょ、あなたって本当にやさしいわよね」と言われることが実際にあった、今取り出したところで使いようのない話だが/ただ少なくとも、ネチネチした怨恨モノになるよりは遙かにマシだ、僕はれっきとした美女のちょっとしたかわいらしいジェラシーにしかローズオイルは湧かないと思う、ローズオイルに対しては例外的に土下座しようかなと僕は思っているのだった、いわゆるダブルスタンダードである(自ら弁解の余地をなくしていくスタイル)。
えっちはいいよな | comments(0) |
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