☆いい女☆で行こう!

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カルマ肉の真相7(繰り返し)

ルマ肉は「人」じゃない、などというと、何かもう残酷で悲しい気がする。
が、このことは、お守りのような知識として、こころのどこかにぶら下げておかなくてはだめだ。
われわれが、自分と友人を、そして身近な人たちを、なるべくすべて「人」として愛していけるように、またなるべく多くの友人が、「人」でなくなることを防ぐために、この知識は必要になる。
共倒れになるのが一番よくない/いざというとき、カルマ肉を見切るということを知っているヤツがいるのはとても頼りになる。

カルマ肉は「繰り返される」ということ/なぜかこのことは、見切りに大事だ。
何百年か、何千年か、何万年かわからないけれども、これはその人がどうこうということではなく、生きものの身には「カルマ」と呼ばれる仕組みが宿っているのだ、そしてそのレコードされたディスクのようなものは、どういじくってみたところで、繰り返し再生されるのは<<止まらない>>のだ、だからこれに肩入れすることは誰のことも益さない(当人さえも益さない)。
われわれは、イヌやネコや、あるいはイグアナと同棲することには、大してストレスを覚えない、それは所有するカルマの成分が遠いからだ/人とサル系は種族が近いからケンカしてしまうが(同種間ストレス)、人とイヌはケンカしないし、人と金魚などではケンカすることは不可能になる、その仕組みで、身内関係に近いほど、カルマの成分が近くて凄惨なケンカと共倒れのリスクが高まる。
われわれにはそれぞれ、もっとやるべきことがあるし、もっとやりたいことがある、ただそれだけだ、もしカルマディスクが抜けてくれたら、「やりたいことがある」のが「人」なのだ、カルマ肉は何千年と<<繰り返されている>>ということを忘れるな、それを一日や二日でわれわれが止められるわけがない、われわれにはもっとやるべきことがある。

この人に「永遠に会いたい」と思えるなら、あなたは「人」に会っている。

われわれの身に、カルマ肉の成分がゼロになることはありえない、が、そこまでケチくさいことを言わなくても、「わたしはこの人になら永遠に会いたいけどなあ」という人があるはず、じゃあそれは、継承されるカルマ肉を超えて、その「人」そのものに会っているのだ/どれだけ微弱でも、その「人」に会えるということの、なんとすばらしいことか。
あなたはイヌやネコと、第一に何をするだろうか、第一に「遊ぶ」だろう、あなたはメシを食わないといけないし、イヌやネコだって病気をすることがあるだろうが、それにしても「遊ぶ」だろう、そうしてカルマから離れて「遊ぶ」とき、「このコになら永遠に会いたい」ということには何の欺瞞もない/逆にわれわれがしばしば感じる、「これっきりにしたい」というウンザリの感触、この背後にカルマディスクの繰り返し再生がある、そこに手を突っ込んでも、必ず何千年でも「繰り返される」ということを忘れるな、カルマディスクに肩入れするということは、われわれが人にやさしくするということではまったくない。

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