☆いい女☆で行こう!

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カルマ肉の真相10(二者択一)
りたいことをやるのが「人」だ。
ただ、この「やりたいこと」が、むつかしかったり、手ごわかったりする。
すると、その「やりたいこと」から逃げたくなるので、逃げるときの装置に、この「カルマ肉」がはたらく。
「カルマ肉」というのは、「超絶・足引っ張りマシーン」だと見ていい、<<自分のやりたいことに挑戦できていない人は、自動的にこの超絶マシーンになる>>、これはごまかす方法なんてありゃしねえんだ。

ハーイ、覚悟はよろしいか、たとえば「○○ができるようになりたい」として、実際に取り組んでみると、意外にむつかしいものだということがわかる、己の身が案外無能で、己の知性が案外低いな、ということがわかってくる。
それで、「いったん引き上げよう」と撤退するのだが、撤退した先は元の平地ではないのだ、渦を巻くカルマ肉の沼なのだ/「進むは地獄」だったから引き上げたのだが、引き上げたところも実は地獄だったという。
カルマ肉に取り込まれると、自分の「やりたいこと」が遠ざかるという性質がある、それはもう「やりたいこと」ではなくなっていくのだ/だから逆に「やりたいこと」から撤退しようというとき、カルマ肉のスイッチオンだ、ということが自動的に起こる。
わかりやすくいうと、たとえば、あなたがハイレベルな男性にアタックし、ハイレベルな就職にアタックしたとする、そしてその両方が「手ごわすぎ」てダメだった場合、あなたはやむなく、半笑いで撤退する……ということでは済まされず、その後にはなぜかママとドロドロの取っ組み合いが待っているのだ、「人」としての本分から撤退すると、「カルマ肉」としてのドロドロワールドへようこそになるということ/やりたいことが見えないのは己がカルマ肉化しているからだし、ドロドロこそが「マジ」と見えているのは「人」から遠ざかっているからだよ。

やりたいことをやらない、ということは、「何もしない」ということにはならない/「カルマ肉をやる」ということになる。

二者択一なのだ、<<人としてやりたいことをやりまくる or カルマ肉として起こる執着をやりまくる>>のどちらかだということ、「やりたいこととか、そんなことこだわると、しんどいだけだし〜」というが、それを「やらない」ということは、決してラクになるということではない、われわれの身は「やりまくる」という義務から逃れられないように作られている。
どうかあなたが、はっきりと目覚めて笑い出しますように、やりまくっていない人なんて一人もいないんだ、1.明らかに人としてやりまくっているか2.隠れてカルマ肉としてやりまくっているかだけで、そのどちらでもないなんて人は存在しない、そこで何をどう見ても、2の側に与する理由はない、この二者択一によって、あなたは本当に選んだほうに行くよ。
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