☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< パーティ報告80 | TOP | パーティ報告80(3)「カルマを超えた夜」 >>
パーティ報告80(2)
マジメな話、人間の心身やカルマについて、本当に正しい知識がいる。
正しい知識がないと、なぜかヤベー感情が湧いてきて、ヤベー不安に取り憑かれて、ヤベー目つきや声になって、ヤベー挙動が出てきて、ヤベー運勢になるのだが、それらが「なぜ」なのか、本当にわからないのだ。
このブログにしたって、どうやら多くの人が、もはや日々の精神安定のために摂取しているという向きさえある(だから毎日更新しないといかんと思ってガンバっているのでもある、褒めよ)。
なぜか勉強が頭に入らないとか、なぜか仕事が異様にダルいとか、なぜか万事にキョーレツなモチベーションを意識しないと動けないとか、なぜか自ら人間関係に毒を撒いてしまうとか、わけのわからない大ピンチに、人は陥るのだ/誰か心身とカルマについて正しい知識を教えろよと僕は思っており、別に僕が教えて回りたいわけではないのであり、僕はただいい気分でヘイヘイ飲んでいたいだけなのだった、一日も早くその日よカモン、誰か優秀なヤツがゴリゴリ教えたらそれで全部済むだろ。

心身とカルマについての、正しい知識は、基礎レベルにおいてさえ、「んな発想になるわけあるかw」というような意外さだ、こんなもん教わるまでぜってー気づかねえよというたぐいだ。
第一に、まともに(一般的な頻度で)神社や仏閣や教会に参詣していること(初詣とか)、第二に「おかげ」という理を知っていることだ、すでにこの二つで過半数が脱落しかねない情勢なのだが、第三はもっと奇想天外だ、第三の方法は「イケイケの人をさらにいい気分にしてさしあげる」なのだ。
自分が大ピンチや大不調だと、誰だって当然自分が助かりたいと発想するし、自分の気分を恢復したいと発想する、また、自分が誰かを助けるというときも、ピンチや不調の人を助けると発想するはずだ、イケイケの人を助けるという発想はしない/しかし本当に必要なことはイケイケの人をさらに助けることなのだ、これはふつうどうしても発想の枠外になる。
仮に、橋本環奈ちゃん(仮名)が不調だったとする、そのとき僕が環奈ちゃんを助けても、環奈ちゃんは恢復しないのだ、で、不調の環奈ちゃんが好調の僕を助けると、環奈ちゃんが恢復するのだ/極端にいえば<<救われないヤツが救われているヤツに奉仕する>>ことが必要なのだが、これはいわばカウンターチャリティだと考えればいい、世間に居させてもらうにはチャリティが不可欠だが、世界に居させてもらうにはカウンターチャリティーが不可欠なのだ。

人が神像を掃除するのであり、神像が人を浄化はしない。

ご存じのとおり、田舎の広い家なら仏間ぐらいどこにでもあるだろうが、そうした家の住人が必ず救われているなんてことは決してない、救われる者があるとすればその仏間と仏壇をなんとなく掃除しているヤツだけだ、救われないヤツが救われているヤツ(ホトケサマ)に奉仕するとはそういうことだ/人はカルマディスクが回転し始めると必ずこの逆の発想をする、「誰かがわたしを助けてくれないと絶対無理」という発想に必ず陥る。
僕だって、血も涙もない冷血漢というわけではないので、ややピンチに陥っているところの女性に、「お前のことはどーでもいいからオレに気分よく酒を飲ませろ、オメーはそのためのツマミでありオプションでしかない」などと言い放つのは、それなりに心苦しいのだ、平気の平左で言っているわけじゃねえよと、この場を借りて全力弁解しておこう。
そのほか | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |