☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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誰でも善だがやさしさはどーよ

「やさしさ」が第一の徳なのかもしれない。
「愛」というと、誤解の余地が大きすぎるので、「やさしさ」と言うほうが適切かもしれない。
重要なことは、「善」と「やさしさ」の区別だ。
意識すれば、誰でも善意を持つことはできるが、誰でもがやさしさを持つことはできない、やさしさは「徳性」であって、意識で操作できることではないからだ。

もしポル・ポトに、一ミリでも「やさしさ」があったならば、国民をああまで粛清はできなかっただろう、「やさしさ」といえばまだヒトラーのほうがマシだったのじゃないかと思える、ヒトラーはナチズムに狂って悪魔のようになったが、「やさしさ」が皆無というわけではなかっただろう。
別にサイコパスうんぬんの、おおげさな話を持ち込まなくても、「やさしさ」がわからない人はいくらでもいるのだ、およそ近年のフェミニズムやLGBTうんたらに起こる騒ぎの中に「やさしさ」の人を見た覚えは一度もない。
PTA側に属する全員は、善悪でいうと僕などより遙かにぶっちぎりの「善」に満ちていると思うが、その全員が僕より「やさしさ」に満ちているのかどうかは定かではない。
「やさしさ」のわからない人は、それでも、「やさしさ」がある人に懐いていくだろうが、そこでやさしい人のやさしさを「消費」するようなら、それはまたカルマになってしまうだろう/「やさしさ」に改めて注目することには、今こそ多大な値打ちがある。

「やさしさ」の有無において、差別せよ。

やさしさのある黒人と、やさしさのない白人なら、後者のほうがクソだということだ、肌の色で差別するような今時ダサいことはさっさとやめて、やさしさの有無で差別したらいい/いわゆる「いじめられっ子」はヒサンな境遇だが、かといって「いじめられっ子」にやさしさがあるとも限らない、やさしさがないなら正当に差別して蔑視するしかない。
「やさしさ」は、愛の第一の現れだと思うから、わかりやすく、差別の尺度に最適だ、善意の有無なんかカウントしねえよ/僕はやさしさのある人とやさしさのない人を同列に扱うことはできない、それは僕がこれまで受けてきたやさしい人からの恩に泥をかけることは決してできないからだ、これに関しては「お前とあのコは別次元だよ」と言い張るしかない、僕の心痛など考慮に入れる権利は僕にはない。

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