☆いい女☆で行こう!

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空間が過ぎていく
ろいろ思うところはあるが、時間のムダをしてはいられない。
何が虚であり、何が実であるか/日本語ではどうやら、虚のものを「間」といい、実のものを「物」という。
何が虚であり、何が実であるか/選べるのは二パターンだ、1.[虚の空間:実の物語](空間物語派) 2.[虚の時間:実の物体](時間物体派)。
日本語において、虚のものは「過ぎて」いく、だから前者は「空間が過ぎていく」のであり、後者は「時間が過ぎていく」ことになる。

時間のムダをしていられないので、単刀直入にいうと、後者はつまり、どうあがいても物語は得られないということ。
小説でも音楽でもいいが、その作中に「世界」=「物語」が生じるという現象は、すべて「空間が過ぎていく」ということで起こっている/「時間が過ぎていく」という感覚の人は、どうあがいてもこちら物語方面に参入することは不可能だ。
「大阪から東京に行く」というときに、第一に「二時間半かかるね」とあなたが捉える場合、あなたは「時間物体派」だ、あなたの旅行にはタイムスケジュールだけがあり物語はないだろう、空間は過ぎていかず、大阪と東京は「残ったまま」だ。
あなたが音楽家になれないのは、楽器という「物体」の音を聞いているからだ/時間物体派の人は「よい物体と、有意義な時間」があると思っており、空間物語派の人は「よい物語と、有意義な空間」があると思っている。

時間が「過ぎて」いく男は、女を「物語」ではなく「物体」として求める。

空間軸と時間軸の、虚実の単位を入れ替えると、軸そのものが変質するのだ/空間軸を虚に取ると、それまで実数だった「距離」は消え去り、虚数だった「時間」は、実数の「物語」に変質する。
実数の「物語」……「物語って、実数なんですか?」と訊きたくなる人は、その時点で物語軸は時間軸に変質している、一方で物体と距離が実数になっているだろう、だから「物語って、実数なんですか?」という問いかけには「やさしさ」がない。
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