☆いい女☆で行こう!

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他者の視線と地獄について2

に、「他者の視線が、自意識に干渉してくる!」ということがあったとしよう、そうしたら確かにそれは「地獄」かもしれない。
だから考えようによっては、サルトルの言うところの「地獄」を、意図的に創り出せるということだ、特定のキメツケでジロジロ見てやれば、ジロジロ見られた側は自意識を犯されて「地獄だ」ということになる。
じゃあ、男性従業員が女性従業員の一人を、「えっちなカラダだなあ」とキメツケてジロジロ見てやれば、当の女性はそのセクハラを「地獄」の感触で体験することが可能になる/そしてそういったことが今実際に起こっているのかもしれない。
親が子を、「ダメなやつだ」とキメツケてジロジロ見、教師が生徒を、上司が部下を、「ダメなやつだ」とジロジロ見れば、ジロジロ見られた者は自意識を犯され「地獄だ」ということになるのかもしれない、それが現代の全ハラスメントの定義を形成している可能性が十分にある。

これは、何なら実験してみてもいいと思うが、僕はおそらく、百人の嫌煙主義者を集めた壇上でタバコを吸っても何も抵抗を覚えないし、百人の前でしゃべってもまったく緊張しないし、百人の女性を集めてその壇上でオナニーをさせられても、おそらく何も感じない……というよりは、測定してみれば脳波そのものが変動しないだろう/百人から一斉に軽蔑の視線と中傷を受けるという実験をやってみてもいい、たぶん本当に脳波のレベルで変化しない。
なぜそうして何も感じないかというと、そういう「視線」を向けてくる人の眼の中に、僕は「コミュニケーションがない」と感じるからだ、僕から見るとその瞳は「ノーシグナル」に見える/「向こうがコミュニケーションを避けているのだから応答すべきものがない」と僕には見えている。
N先生の攻撃にせよ、いつぞやの上司の小言にせよ、正直僕には「何を言っているのかよく聞こえない」としか感じられず、正直に言えばその目は「何も言っていない」としか見えていないのだ/僕は「こころの声」というか、「そっちの声」に常に耳を傾けているので、そちらの声がノーシグナルだと、「こいつは何も言っていない」と聞こえている、そして何も言っていない奴に気を利かせて応答してやれるほど僕はヒマではない。
というわけで、人の「こころの声」を聞き取り、そちらとやりとりするということを覚えないかぎり、他者の視線は自意識に干渉してきて、自由が侵害されて「地獄だ」ということになると思う、そのためにも「こころの声」とやりとりすることをさっさと覚えるべきだ、うーん割とまじめな話になったな。

おそらく、「他者の視線」と感じられる意識レベルより、六階層ぐらい奥の声とやりとりできないと話にならない。

六階層というのはテキトーなデタラメで言っているが、まあイメージでだ、それぐらいのレベル差はあると感じる/人間の表面的な意識はとても看取しやすいが、それは「濁っているから見えやすい」というだけであり、そんなところに着目していては浅はかすぎる、コドモじゃねえんだからよ、見えているところだけ見ていたらそりゃ囚われているアホじゃないか。
そういえば、すべてを想起してみれば、「僕に向けて、侮蔑的な小言を云い始めた人が、当人としてシッチャカメッチャカになってゆき、何かよくわからないクラッシュに陥り、僕の側は『?』で終わる」というパターンがこれまで無数にある、それは他人を地獄に落とそうとはたらきかけたものが、そのまま自分に返ってきてオウンゲットするからかもしれない/「僕は何もしていないのに勝手に自滅していかはった」という心当たりがあまりにもたくさんある。

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