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「出来る」ようになるには2
「出来ない」ということに、強いストレスやコンプレックスを感じる人がけっこういる。
初めは誰だって「出来ない」もので、「出来ない」からこそ努力するのだが、もうこの時点で、ストレスとコンプレックスに殺されている人がいる、この人は残念ながら、金輪際どうにもならない。
なぜなら、この時点でトンチンカンなストレスとコンプレックスを感じている人は、まず自分が「出来ない」ということを根本的に認めないし、「出来る」人を「出来る」とも認めないので、もう初めから錯乱状態なのだ。
この、わけのわからないストレスやコンプレックスがなく、素直に「出来る」という定義に直進できるものなら、誰だって何かを本当に「出来る」ようになる、ただその「直進」が本当に出来る人こそ、実はとても少ないみたいだ。

おそらく、努力を始める以前に、何か「セルフイメージ」みたいなものがあって、この人はこの「セルフイメージ」の内部で努力するので、いつまでたっても「出来る」ようにはならない。
なぜ「出来る」ようにならないかというと、努力前の「セルフイメージ」から、努力後の「セルフイメージ」が変わるわけではないからだ、セルフイメージは変化しない、だから根本的に変化しない/しかも傍目から見たら奇妙なことに、「根本的に変化しないようなやり方で努力をする」のだ、いわばわざわざ「出来ない自分を保存する」ような努力の仕方をすることになる。
それこそ、サルトルが言うように「地獄とは他人のことだ」と感じ、他人の視線を自己への侵犯と感じている人は、侵犯されないように自分自身の「セルフイメージ」を強固に持っているだろう、この強固なセルフイメージが変化しない以上、どう努力しても自己変革は起きない、ひたすら「セルフイメージのディフェンダー」としての自分を続けるしかなくなる。
こうした、「出来ないコンプレックス」の人にとっては、「出来ない」ということはまずダメージになるのだ、だから何を努力するにしても、練習のたびにダメージを負うことになる、するとそのダメージを癒すのはまた「セルフイメージ」の確認だ、出来ないダメージとセルフイメージの恢復、「出来る」ようにならない人はたいていこの循環を繰り返している。

「出来ない」人は、ただいま攻撃を受けて防御中だ。

攻撃を受けているというのは、妄想なのだが、妄想というのは当人が信じているかぎりはどうしようもない/この妄想に陥るともう、「出来る」ということはまったく目的ではなくなり、ただ「攻撃されている状態を抜け出す」ということが目的になってしまう、これではもう何をしているのかわけがわからないテンヤワンヤだ。
「出来る」ようになるためには、まずこの「セルフイメージと被害妄想の合戦ごっこ」を終了させなくてはならない、といって、終了させられるものなら誰だって即座に終了させているだろう、いつか本人が気づくときがくるのか、もしくはそのときはいつまでもこないのかもしれなかった。
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