☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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バシッと光るものを見た
ッケー、やはりこれだ、僕が幾度となく見てきた、これは「光景」だ/僕は他人でなくてはならなかった。
重要なのは、課題が見つかること、課題を見つけることではなく、課題が「見つかる」こと、課題が見つかるとワクワクするな。
神頼みは何ら成立しない、当たり前だ、やたらカミサマを奉じるのは正しい信仰心ではない、<<自分の信じたことの先にどうやらカミサマがいるくさい>>というだけだ、先に信じることがあってその後に「これは……」と気づかされるだけだ。
夜は「遊びの領域」に突入する、そう、それが例えば「信じたこと」なのだが、「遊びの領域」に突入したとき、「何かヘンだな、力がありすぎる」と感じる、それが信じたことの先にカミサマがいるということであって、先にカミサマが見えているような奴は一人もいない。

日本には八百万のカミがいるというから(聖書だってたくさんの天使がいるがね)、なんというか、筆箱から選んだ一本のペンみたいに、たまたまその先にはカミサマがいるというだけだ/ジャンルごとに信じたことの先に、カミサマがいれぱそれはアタリであり、カミサマがいなければそれはハズレだということ。
あえて「道」というなら、「道」は、現場に立たないと得られないが、その「道」というのは意外なことに、○○が「ない」という現場だ、愛の道なら愛が「ない」現場、芸術の道なら芸術が「ない」現場、仏の道なら仏が「ない」現場に、その「道」は出現する。
○○が「ない」という現場、それがつまり課題が見つかるということだ、○○が「ない」というのは「八方塞がり」「どうしようもない」というふうに見える、だがそのときこそ、その八方塞がりを超越する神霊力のようなものにアクセスできる。
何十年生きてきても、まったく同じ光景を見る、バシッと光る景色があるのだ、その景色そのものは、何の意味もない景色に見えるが……だがこれまでのパターンとして、これは「それだ」と教示しているシグナルだ、僕の生きてきたことのすべてにはこのまったく無意味に見える光景のシグナルがあった。

課題が見つかるのが幸福だ。

課題はつまり「テーマ」ということなのだろうが、「課題」のほうがわかりやすくていい、ああ、「課題」の中にまた飛び込みたい、「課題」自体が光を帯びていて、それは解決すべき問題ではなく何か神韻のある課題だ。
僕は他人でなくてはならなかった/課題が見つかること/信じたことの先にバシッと光る光景が出る/時代は逆行しない、せいぜい新しい時代を創らねばならない
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