☆いい女☆で行こう!

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0%の努力
いことに気づいた、僕にはそもそも「不満」がない。
不満がないということは、満足しているということなのだが、100%の「満足」というのは、特別な力を持つのだ。
よく、「満足してしまったら終わり」などと言われるけれども、僕は逆だと思う、「満足してようやく始まり」だ。
「満足してしまったら終わり」と捉えている人は、「不満」という感情と焦燥をエネルギーにして努力しているだろう、僕にはそれは不純な努力に思える、悪いことではないが、努力に不純物が混じるので、得られる結果が変わってくる。

前に、「自由で、かっこよくて、××××」という話をしたけれど、そのワイルドカードには「満足で」を入れればいいな。
不満をバネにして努力している場合は、努力が満足方向に固定されざるをえないので、自由を失う、そして「不満だから頑張っています」というのは根本的にかっこよくない。
僕は常々、努力がニガテだと公言し、生まれてこのかた努力したことがないと嘯(うそぶ)いてきたが、それはマジであって、不満のあてがいに努力させられるという時間の無駄がニガテなのだ、遊ぶこと以外にエネルギーを割きたくない。
うーん、つまり、不満を充足させるのに努力するというやつはアホだ、不満を持っているという時点でアホだ、不満なんか持つ人は極左団体にでも入っちまえよ。

100%の天才と、0%の努力。

つまり僕は、努力で動くと即死する体質で、天才で動くとやれやれでありのびのびなのだ、最近このことの足を引っ張る奴が多すぎるぞ、努力の傷痕を押し付けてくることは法令で禁じられています。
「血の滲むような努力」というけれど、誰も彼も血にばかり反応しすぎだ、ほんとカルマにしか反応しねーんだから/ただし「0%の努力と、100%の天才」は、100%の「満足」の上でのみ成立します。
できるオンナだね | comments(0) |
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