☆いい女☆で行こう!

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パーティ報告81
ーティは楽しかった。
今回のパーティは、特に「楽しさ」が純粋に高かったように感じる。
そして、楽しければ、「また来月も〜」と誰だって浮かれて思うので、そうして「また来月も」と思ってもらえたら、パーティは成功となる。
今回は、やたら音楽と踊りと、あとはお笑いの話がウケたな、音楽と踊りと笑いと忍者が当パーティのメインコンテンツかもしれない、忍者については説明が面倒くさいので説明しない。

われわれに(別にパーティに限らないわれわれに)必要なことは、さしあたり「消費せず楽しい」ということだ。
消費せず、といっても、メシや酒ぐらいはガンガンやらせてほしいが、そういうことではなく、動画やまとめ記事をえんえんクリックしたり、マンガ本やスケベアニメや芸能人のスキャンダルを追いかけてばかりで「楽しい」というのでは、もはやただの消費マシーンだし、それはやがて消費できるコンテンツを食い潰し、あとは極めて無能な己という肉塊が残るだけだろうということ。
消費せず楽しいということは、本気で考えるとむつかしいものだ、よく深夜にガラの悪い車が重低音をドゥンドゥン鳴らして走っているが、あれはドゥンドゥン鳴らさないと楽しくない(もしくはさびしさが紛れない)のであって、そうした人たちが深夜にドン・キホーテに行くのは、何がなんでも消費に触れていないと退屈でしょうがないということなのだ、「消費せず楽しい」というのは真剣に考えるととてもむつかしい。
「楽しい」というのは、大騒ぎするから楽しいというのではなく、楽しくてつい大騒ぎになってしまう、というのがよいと思う、そりゃ誰だってそう思うだろう、そして「消費せず楽しい」というのは、音楽や踊りや笑いや忍者、あるいは男と女や、言葉や、歴史や物語といったすべてのものが、「思っていたのとは違う真実の姿を現してくる」というのが楽しいのだと思う、この世界に本当にあるものがrevealされていくことが楽しいのだ。

オンザビートを「表示」すると、「うわスゲェ!」という声が上がった。

われわれはテレヴィや街角のあちこちで「ダンス」を見ることがあるが、そのダンスがオンザビートの「表示」をくっきり実現していることはごく少ない(事実僕は見たことがない)、そしてそうしたものを追究することは「消費」ではないので、そうした楽しみに没頭しているうちは、われわれは不毛な散財をしない。
消費とは異なる楽しみを得てゆけるという確信は、生きていく上で思いがけない自信になるものだ、「消費しないと楽しめない」というのはひとつの地獄みたいなものだから/本当には楽しくないことを、「楽しい」と偽ることは、いくつかの場面でやむなきことではあるけれども、後になって大きな負債になってしまう、だから本当に楽しいことのほうをしたたかに追究していくべきだ。
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