☆いい女☆で行こう!

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ゲジゲジ虫身分再興
ークショップが終わって、色んな事がわかった。
うやむやになって消えてしまわないように、記録しておきたい/やはり「呪い」というのはあって、それは「身分」と関係がある。
僕はかつて、自分の身分についてを、よく「ゲジゲジ虫」と申し上げていた、そして今でもすぐその身分感覚へ帰参することができるのだが、けっきょくはこの身分が僕を救っていた。
僕はこれまで、身分が低すぎて、呪いが掛からなかったのだ、そりゃ僕に対して「サイテー」「ゴミ」「死ね」と呪ったところで、当人が「?」なのでは呪いは掛からないだろう/何度も繰り返して申し上げてきたことだが、僕はこの「世界の底にへばりついた身分」に決して不快や不本意があるわけではない、その身分をどうこうしたいと望んだことはけっきょく一度もない。

ワークショップを通して――正確には終わってから――気づいたのは、これは「下」のことなのだ、だから「向上心」ということをベースにしては、進行方向が逆になってしまう。
僕のやってみせることを、他の人にやらせてみると、なかなかできないというか、ある領域から「断絶的に」できなくなるのだが、それは僕の示すことを「上」に見ているからできないのだ、そうではなく逆側/僕の示すことは身分を下賤に落としたときに生じうる現象なので、発想が逆なのだ、僕の示すことは「要らなさすぎて」できないという捉え方が正しい。
僕はワークショップで、自分の技術や秘密を洗いざらい開示しているが、何の秘密も持たずに全てバラしているのは、どこかで「こんな底の底まで落ちてこられるわけがないし」と、どこかで確信しているからだ、能力の問題ではなくて、身分の問題として、ふつうの人間はこんな下賤のところまで落ちてこられない。
下賤というのもな……僕などに言わせると、「下賤」という考え方自体が、すでにご立派すぎるというか、僕にとっては身分違いのもので、僕は正直なところ自分を下賤とかそういうふうに思ったことはないのだ/自分の身分が下賤かどうか考えるというのも、すでに身分に一定の高さがあるから考えられるのであって、僕にはどうもピンとこない、そしてこんなデタラメな奴がそうそういてたまるかと確信しているから、何もかも洗いざらいバラしているのだ。

僕がフィクションをやっているのではなく、フィクションが僕を救っているのだ。

フィクションは何かしらカミサマ的なものだったとして、それは僕がカミサマ的なものに近いということではなく、僕の身分が世界の底に張り付いているから、ここまで届く光といえばもうカミサマ的なものしかねえよ、ということなのだ、だから僕の示すものを見上げても何も得られてこない、むしろ「こんな底まで光は届いているんだな」とか「本当にこんな奴までカミサマは見捨てないってことなのかな」とか、そういうふうに驚いてほしい。
僕は、むつかしいことができるのでは決してない、僕は他のむつかしいことのすべてができないから、この「最も要らないこと」に長けていくだけだ、だから本当はワークショップというよりは「見世物」というほうが正しいんだろうな/かつて多くの人が僕に向けて言ってきたように、「こういうふうにだけはなりたくない」と感じるのが身分的に正しい捉え方だ、それですべてが整合する。
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