☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 二日間のワークショップを終えて2(言葉と呪いの相克) | TOP | 二日間のワークショップを終えて4「身につけるコツ」 >>
二日間のワークショップを終えて3「かっこよくなった」

っそく「かっこよくなった」と言われたので、やはり方法は合っているのだ。
「典雅になって若返った」「豪腕の外科医みたいだったのが、将来をメチャ嘱望されている天才書生という感じになった」と、そういうふうに言われた、もちろんこんなことでウソはつかない。
胴体に感覚と接続の「点」が増えたからな、それぐらいの変化は外見にも現れて当然だ、僕の身分は虫なので、ウイルスのように変異は速い、二日もやればまったく別次元に到達して当たり前だ。
誰だって正しくやれば正しく結果が得られてくるが、ひょっとすると、レベルの認識について誤解があるかもしれない、レベルなんてものはどこを基準に取るかでしかないが、見方によっては「想像を絶するほどレベルが高い」とも言えるし、「別にそんなことはない、粗雑なモンだ」とも言える。

仮に、「○○先生の収納術!」みたいなものがあったとしたら、それは「ほうほう」と聞いていれば、イッパツでわかるし、イッパツで実現可能だろう/「このようにしておけば、後で取り出しやすいんです!」「へえーなるほど」と。
しかし、さすがに僕がワークショップでやることは、そういうレベルのことではない、レベルが高いということは、何もエライということではなくて、要求される覚悟や集中力のレベルが高いということだ/なんというか、「○○サークル」という感じのノリでは、どうしても土台の緊張感としてキャッチアップできないだろう。
まったくよかれあしかれのことだと思うが、僕はそういう、「○○サークル」というようなノリにするのが苦手なのだ、僕にとっては集中力が要らないというのはイコール退屈と感じてしまうから/でも中には、そういう「○○サークル」みたいなのがやりたかったという、ただそれだけの発想だった人もあったかもしれない、そういう人にはまったく申し訳なく思う、僕はどうしてもサークル性の品質よりテクノロジーの品質を追求してしまう。
随時、ゲラゲラ笑いながらやっていて、だからこそ朝までやれるのだが、ニコニコしていたら何にもならないだろう、別にこんなワークショップに限ったことではなく、ニコニコしている人がマジな何かを獲得することは一般則として無い/僕はワークショップなんぞを有意義にしようとしているのではなく、そこに来てくれた人の人生を有意義にしようとしているのだから、「ニコニコしよう」なんてシーンはまったくないな、ただあいかわらずこのあたりが、僕が空回りする原因かもしれない(そうだとしたら、空回りのほうを続けるけれどね)。

「カンタンそうに見える」ということは、「そんなレベルにまで至ってしまっている」ということだ。

別にワークショップに限らず、何でもそうだ、このことが見えないと、目利きがないということになる/「カンタンそうに見える」というのは、逆にヤバいということだ、100あったノイズを1まで減らしたとき、それは「カンタンそう」に見える、しかし本当は逆で、「99%のノイズを排除しないとこの一点に到達できない」ということなのだ、だからそれを見た瞬間「げっ、ヤベエ」と見えないようでは目が利いていない。
目が利いていない人は、ただただノイズに引っかかるから、ノイズが100あるものを「大変そう、むつかしそう」と見、ノイズが1しかないものを「カンタンそう、それだけでいいの?」と見る/本当は逆で、ノイズを100も残していいのなら、何だってカンタンなのだ、その意味ではたいてい「大迫力」のものはカンタンなのだと言える、逆に「今って何したの?」と、もはや視認できないぐらいのものが本当に難しくなる、「今って何したの?」は本当にヤバイぐらいむつかしい。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |