☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< ズコズコバララタ | TOP | やさしさと、その入口のむつかしさ >>
セックスが気持ちよくないという若い人へ
れぐらい風が吹き抜けてくれると、30℃超えもいいな!
若い女性のうち、セックスがいまいち「気持ちよくない」という人が少なからずいると思う。
男性も同じで、特に「生まれて初めてセックスしたが、こんなもんかとガッカリした」という人はたくさんいると思う。
この、「セックスが気持ちよくない」という現象は、たいてい、セックスを「性欲」「興奮」でしているからだ/性欲、特に性的抑圧をぶっつける形でやるセックスは、さも気持ちよさそうに空想され、興奮が起こるが、それはエロマンガの話であって、身体感覚的にはバランスを失っているので気持ちよくないのだ、おばちゃんが必死で運転している車の乗り心地と同じだ。

「偏りがない」「何もしない」「どこにもいかない」というのがナイスという、これは、心身の営為すべての基本だ。
ところが、さびしい人、まあ若すぎる人はしょーがないところだが、自分に「何か」が欲しくて、抑圧の解放に「何か」が得られるという空想に縋らざるをえない人は、何かすごいことを「する」という発想を、セックスに持ち込んでしまう。
そうしてハァハァ息を切らし、「する」ということに突っ込めば、多大な「興奮」は得られ、さびしさは一時的にごまかされるのかもしれないけれど、それは興奮に慣れが生じてくると、身体感覚としては気持ちよくないのだ、若いやつはしゃーないのかもしれないが、こころの端で知っておくといい。
男女の身体が「触れる」ということは、男女の身体が「当たる」ということとは違うのだ、「触れる」というのはむしろ感触が消えることに近い/ガツンガツン「当たる」と、刺激的ではあり、それが性感帯ならウッフンアッハンはするのだが、それは性感帯だからごまかされているのであり、本質的には「痛い」のだ、かといって「添い寝」みたいなことをやりだすと、お互いを疲れさせるだけなので、ウットリしたところで相手はしんどいだけなのだった。

セックスにおいては、慕情と興奮が邪魔だ。

一般に、セックスにおいて重要だと思われている慕情と興奮が、両方とも邪魔だというのが、意外なことに真実なのだ、それは慕情にせよ興奮にせよ心身に「偏り」を生み出してしまうから/だからいざ始まってしまったら、慕情と興奮を切りなよ、そこまでしてさしあげるということを愛というのだ。
まあ、ガツンガツン当たるのも、「添い寝」みたいにするのも、アレンジとしてはいいのかもしれない、でもそれがメインコンテンツじゃない/ガツンガツンハァハァする人は、性欲からセックスに優れているのではないし、「添い寝」したがる人も、慕情からセックスをよく見られているわけではない、とにかくヘンな自信を持つものじゃないな、目指すなら「かっこよくセックスする」を目指すのが一番無難で筋がいいところだ(もちろんスベってはいけない)。
えっちはいいよな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |