☆いい女☆で行こう!

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WS報告001(1)
ラッフラだがレポートしないわけにもいかない。
WS(ワークショップ)第一回目は、少人数だが、大成功を収めた、これは大成功と言っていい/これまでの蓄積が大きく生きた感じだ。
参加してくれた方々には、自覚はないかもしれないけれど、実は長足の進歩が起こっているのだ、すばらしいことの入口に立てたと思っていい。
やはり「呪い」ということまで学門が進んで、これがアタリだったのだ、学門が正しく深くなるほど、ワークはシンプルになり効率的になる、僕はそういうことの先生が本分ではないが、こういうことの先生は世の中ウジャウジャいたらいいのにと思う(ただしニセモノはだめだ)。

「止まらないこと」「切ること」「切らないと動けないということ」「何もしないということ」「偏らないこと」「何もしないということは、偏らないということ」。
身体の動かし方の、ルールを知るのじゃない、これは絶っっっ対に違う、ルールに呪縛されている身体を、ルールから解放して動かすのだ、そのための訓練であり蓄積だということ、意外にこのことでぐっと理解が進んだようだ。
「ルールは呪いだ」、呪いを解除するということは、身体をルールから解き放つということであって、身体にルールを教えるということじゃない、偏らなければ呪いは薄まる、「何もしない」なら呪いが出る余地はない/「何かした」なら、己も相手も呪いがグッと力を盛り返す、そのとき動きは止まる。
ちょっと調子に乗りすぎて、この年齢になってコンクリートの上で受け身を取ることになるとは思わなかった、擦り傷なんかできたのは何年ぶりだろう、うーんホントはジーパンなんか穿いてやるものじゃないんだろうな。

「ボクサーの人って、初対面の人をいきなり殴るんだぜ? 頭おかしーだろ?」というと、みんな大爆笑していた。

でもそれが、「ルール」なのだ、「ラウンド1、ファイッ」とゴングを鳴らされると、人は「おっ始めて」しまうのだ、初対面なのに何の躊躇もなく/これが呪いだ、人は「ルールを守ってボクシングをする」のではなく、ボクシングという「ルール」そのものをやっている、すべての「ルール」は呪いで出来ている。
なぜルールが必要とされるかというと、人は学門を与えられないかぎり、「偏り」を消せないからだ、偏りさえ消せればおのずとルールは不要になり、呪いのピン留めも廃棄される/僕は動き方を教えているのではなく、「偏りのなさ」を教えている、何かのやり方ではなく、「何もしないやり方」を教えている、今回は本当に大成功だった。
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