☆いい女☆で行こう!

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WS報告002(1)
ソみてーな話だが、本当のことを報告するしかない、フラフラなので話をこねくりまわす余裕がない。
まったくウソみたいな、合気道の高等技術が出来てしまった、これってアレでしょ、いわゆる気は接触しているのに(合気)、身はそこにはないってことでしょ/飛びかかってきた人がすっころんだりポーンと飛ばされたりして「ヤラセだろ」と見えるアレのことだ、マジでコンクリートの上では危なくて制限しないといけないぐらいポンポンできた。
僕は合気という捉え方はしないが、ノンフィクション・実感・接触の「気魄」は接触しているのに、フィクション・身・魂のほうは、ひょいっと抜けちゃうんだな、すると相手は「接触しているのに相手の身がない」ので、幻覚の手すりを掴んだみたいに「うおっ」と空振りしてしまう。
これ、考えようによっては本当に危ないぜ、逆にいうと、安全確認をしてから踏み出したのに「ガシャーン!」となって、「はあ?」みたいな感じだ、安全確認をしていなければ危険を予想するが、安全確認をしているだけ人は安心して踏み出してしまう、それで「ガシャーン」では本当に「はあ?」としか言えない。

来てくれた方へのワークとしては、後半、それは「金魚法」と呼んでよいものになった、これはとっっっっても有益だった。
つまり、「水槽の金魚は、どうして金魚同士でぶつからないのだろう」ということだが、「ぶつからない」「切る(外す)」ということをきちんとやっていくと、実際全員が認めるところ「ホントだ、金魚だわコレ」という状態になる。
合気道の天才だった塩田剛三が、金魚鉢の金魚を観察して合気道の動きを研究したという逸話があるが、この逸話は知られていても、人間の挙動が金魚化するというのは具体的にどういうことか知られていないだろう、これはちゃんとやるとシロウトでもできるのだ、もちろんストレスの高くない稽古レベルに条件は限定されるが、この糸口が掴めただけでもこりゃとんでもない神回だったと言っていい。
なぜ水槽で金魚同士がぶつからないかというと、金魚は「解放」のほうへパッと外れるからだ、金魚にはもともと呪縛がないので当たり前にそうなる、人間も呪縛がないと同じ動きになるのだ、こりゃなかなかシンプルでえげつなく有益だから誰かたまにはおれのことを褒めるように。

魂魄/気魄がつながるとき魂は世界から切れ、気魄から切れるとき魂は世界とつながる。

ちょっと、こんな短い話では伝わらないと思うが、逆に「ノンフィクションには実体がない」のだ、われわれは身をもってノンフィクションに関わるときの「気」を「魄」として、それをノンフィクションの「実感」にしているだけだ、身の実体である「肉」のほうは、実はフィクションの媒体なのだ/だから操作を分離していくと、「肉」の場所と「実感」の場所をずらすことができる、人は「実感」のところに触れに行こうとするので、そのとき「肉」に触れることができない(肉はフィクション世界の動きのほうへすでに溶けて出て行ってしまっている)。
そして、「実感」の位置を「肉」の位置とずらす、ということについては、その道の達人がいるかもしれないが、そのとき「肉」のほうが「世界」(というか、森羅万象からの「言葉」)とつながりうる、ということについては、教えようとするシステムはなかっただろう、うーんもちろん、こんな話を理屈で聞かされたってわけがわからないのだった、ただ僕が向かおうとする先はそちら森羅万象からの「言葉」(もしくは言葉の素)であって、合気道的なものにはまったく興味はないのだった(ただスゲーことが出来るとやっぱり盛り上がるのではあった)/「時間軸上ズレる」という言い方を僕はよくするが、まさかそのズレた二点を同時に出力できるとは思っていなかった。
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