☆いい女☆で行こう!

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呪われたルール・マンは、「見ていない」し「聴いていない」

われた人は、いつも人の話を聴いていないし、人のやることも見ていない。
これには理由があるのだ、呪いとは「ルール」を形成する力なので、呪われた人は「ルール」を理解することしかできない/そして「ルール」の中に、人のやることを「見る」とか人の話すことを「聴く」なんてことは入りっこないのだ。
「ルール」というのは常に、「敵ゴールにボールを入れたら一点」とか「手でボールに触れたらレッドカードで退場」とか、「○○をしたら得点」「△△をしたらペナルティ」というふうに、「これをせよ」「あれをするな」を命ずるものだ、だから「自分はこれをする」「自分はあれをしない」ということしか発想に出てこない。
人のやることを静かに見ているとか、人の話すことを黙って聴いているとかいうことが、呪われたルール・マンには不可能なのだ、呪われたルール・マンは、常に「何かをしてしまう病」に罹っているし、それでいて「肝心なときには動けない病」罹っている。

この、呪われたルール・マンは、「フィクション」や「世界」のことがよくわかっていない。
人のやることを「見る」ということがないためだ、人のやることを見ていないし、人が話すことを聴いてもいないので、そこにどういう「世界」があるのかをわかっていない、これは意識的にそうしようとしても機能として不能のことだ。
フィクションや世界のことがわからないので、この呪われたルール・マンは、ジョークやユーモアの機能がまったくなく、他人のジョークに笑っているときも、雰囲気を察して笑っているだけだ、本質的に何が「面白い」のかをわかっていない。
こうして結果的に、呪われたルール・マンは、そこにどういう「世界」があるのかもわからないまま、そこで何かを「してしまう」ことをやめられず、肝心なことについては「自分から動けない」という状態になる/そうして、そこにあった「世界」を台無しにする破壊者になり、「世界」に寄与することには発想が起こらない消費者になる、それでいて本人はルール・マンだから、自分はどうしても「正義」だと感じているのだ、何しろ自分は何もルール違反をしておらず、ジョークとユーモアで世界を形成している人のほうがルール違反者なのだから。

呪われたルール・マンは、他人に感服したことがない。

呪われたルール・マンは、いくらでもはしゃぐが、他人のすることに「す、すごい!」と目を丸くし、唖然とし、感服し、感動するということがないのだ、そりゃ人のすることを見ていないし聴いてもいないのだから他人の何かに感服することなどありようがない。
呪われたルール・マンは、「すっごーい」と、他人のことに"ワタシ"がはしゃぐだけなのだ、学習能力がない人のほとんどはこれだ/「すっごーい」と"ワタシ"がはしゃいで、よろこんで努力するふうなのだが、根本的に人のやることを見ていないし聴いてもいないので、学習するといってもその学習する対象がないのだった、ただ「わたしは努力した」というルール上の得点が加算されるだけになる。

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