☆いい女☆で行こう!

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何かを「してしまう病」
クサーはブン殴るし、剣道家は打ち込むし、サッカー選手はボールをブチ込むだろうし、ランナーは突っ走るだろう、それが「ルール」だ。
この「ルール」の中にいる以上、人は「何もしない」ことなど不可能だ、「何もしない」ということは、ボクサーにブン殴られ、剣道家に打ち込まれ、サッカー選手にボールをブチ込まれ、ランナーに追い抜かれるということで、つまり「ボッコボコにされる」ということだ、ボッコボコにされるのでは耐えられるわけがない(し、耐えていても何のトクもない)。
いかなるルールブックを見ても、「第一条 何もしないこと」なんて書かれているはずがない、「何もしない」では、「それは何の競技になるんだよw」という笑い話にしかならない。
よって、呪われたルール・マンは、「何もしない」ということが決してできない、常に何かを「してしまう病」に罹っているのだ、人のやることや話すことを、黙って見ているとか聴いているとかいうことは、呪われたルール・マンには不可能になる。

僕は、断じて「何もしない」人間だ、なぜなら僕は、人をブン殴っても、小手や面に打ち込んでも、ゴールにボールを蹴り込んでも、突っ走って人を追い抜いても、僕にとっては得点にならないからだ、それらが得点になるというのはヨソのルールであって、僕にはそもそもそのルールがない。
僕は断じて「何もしない」/そりゃ僕だって、グラウンドにサッカーボールが転がっていたら、「えーい」とそれを蹴っ飛ばしたりはするが、仮にそれが無回転シュートとなってキーパーの手の届かないゴール隅に突き刺さったとしても、僕にとっては得点にならない、なぜなら僕には敵もいないしゴールもないからだ。
敵がないなら敵陣がないし、敵陣がないならゴールもただの網籠でしかない/42.195km走ったとしてもそこが僕の「ゴール」ではないのだから、別に何かをしたことにはなっていない、たとえルール上でそれが「敵」「敵陣」「ゴール」「マラソンゴール」と決められていたとしても、僕はもともとそのルールに失格しているのだから何の得点にもならない。
僕は断じて「何もしない」のだ、僕は「言葉」によって動いているのであり、「ルール」によって動いているのではない、だからルール上では僕は本当に「何もしていない」、僕の人生は0点だ/そして、僕にはルールがないように、ルールの人には言葉がない、言葉の人にはルールがなくて、ルールの人には言葉がないのだ。

言葉は進む、ルールは進まない。

必要な言葉を言おうか、「交通ルールのすべてには吐き気がするぜ!?」、だがこれは言葉であって、僕が道交法違反をするヒマ人だということは指さない、もともと0点の僕からどうやって減点する? もともと失格者である僕から何かの資格を剥奪することはできない。
言葉は進む、言葉は世界だから、「これは世界だったんだ」という世界に進んでいく、おれはルール違反を決してしない、ルールがない者がルール違反はできない、点数がないのだから攻撃もディフェンスもできない、点数がある者は攻撃かディフェンスのどちらかを必ず「してしまう」だろう、それをやめることはできないのだ。
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