☆いい女☆で行こう!

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身近な「呪」と、縁遠い「言葉」
ールは人に「強制」する、「○○をしなさい」、また「△△をしてはいけない」と強制する(広義の「呪縛」)、この強制と命令の呪縛がルールの本質だ。
われわれは言語を持つ、それは識業を持つわれわれの特徴だが、この「言語」が魂魄のうち魄(気魄)に入ると、言語は「呪」になり、魂(ソウル)に入ると、言語は「言葉」になる。
何もむつかしい話ではないのだ、たとえば酸性・塩素系の洗剤には、「まぜるな危険」と赤字で書かれてあるだろう、あれは気魄たっぷりの言語だ、だから「まぜてはいけない」という禁止強制の呪になる、もちろんその程度なら呪であっても何の問題もないだろう。
交通標識もそうだが、たとえば「止まれ」等、ルール・強制の呪は血の色である赤で書かれるものだ、赤色のほうが視認しやすいというのはウソで、血の色でないと呪の力を持ちにくいというだけだ、サッカーで退場を意味するレッドカードも同様の理由から赤色が用いられている。

少なからぬ国の国旗には、「独立戦争で流れた血」を意味するものだと公式に定義されて、血の色である赤が施されている。
つまり、われわれが用いる言語のうち、実は呪のほうが身近であって、言葉のほうが縁遠いのだ、禁止と青色で書かれると作用がなくて、禁止と赤色で書かれたほうが作用があると、今このときに確認できるだろう。
別に色味の問題なんかどうでもいいのだが、とにかくこのところ、人々が「言葉」を失ったことが、どれだけ取り返しのつかないことなのかを深刻に痛感している/人々が言葉を失うということは、「まぜるな禁止」みたいな会話しかできないということなのだ、これは魄(気魄)で流通する言語なので、あちこちの飲み会では「言葉ではない怒鳴り声」が爆発するばかりになってしまう。
ルールには実体がないので、識業を魄に流入させる「呪」を用いて、ルールが存在するように「思い込ませる」しかない、それでどういうことになるかというと、たとえば「路上喫煙禁止ですよ」という呪だけが強烈に作用しあい、「お正月ですね」という言葉はまったく伝わらなくなるのだ(言葉は伝わらず「意味」しか伝わらない)/すでに多くの人は「あけおめ」や「メリクリ」のメールさえ送らなくなっただろう、それは流行りすたりではなく、「言葉」が失われて「呪」の世の中になったということなのだ。

「ルールがある」ということは、誰でもわかるのに、「言葉がある」ということは、誰もが「?」になってしまった。

たとえば僕が「男」で、あなたが「女」だったとする、するとそこには、男女の「ルール」だけがあることになり、男女の「世界」はもうないのだ、女が男の半歩後ろを歩くという、「世界」はかつてあったのかもしれないが、それを「ルール」にしたら全員発狂のアホバケモノになるのが当然だった。
陰陽でいうと、道教や儒教に書かれているように、魂は陽であり、天に往く神だ、そして魄は陰であり、地に帰る鬼だ、「まぜるな危険」というルール文言が「陰」だということぐらい感触でわかるのじゃないか/陽である魂の「言葉」が聞けりゃそれで僕としては何の文句もないのだが、人々の趨勢はまったく逆方向に突っ走っている。
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