☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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やりたいことができている人

「ずっと昔、夢だった、音楽に好きなだけ時間を費やせるということが、いつのまにかできるようになっていた」と、ある人が連絡をくれた。
これは、本当にすばらしいことだと思う。
僕の知るかぎり、自分の「やりたいこと」というのは、環境にかかわらず、「できない」まま終わるのがふつうなのだ。
たとえばあなたが、「絵を描きたい」と言ったとする、そこで即座にアトリエと画材をドカッと用意してあなたに与えたとしよう、するとどうなるかというと、あなたの絵筆はグングン進み、アトリエは夢の場所になる……のではなく、アトリエと画材はずっしりと「負担」になるのだ、アトリエと画材はむしろ、あなたにとって「一番しんどいこと」に変化していく。

あなたは絵筆を持つたびに、なぜかわからないが眠くなり、くらくらして横にならずにはいられなくなるのだ、そしていつしか「絵が描きたい」は「描かなきゃ」になり、自分を鞭打ち、それでも進まず、次第にヒステリックになってゆき、やがて「絵のほうは進んでいるの?」というのはあなたにとっての「タブー」になる。
こういうことは、"典型例"としてあるのだ、たいていこのことは、「カルマでロックされていて、"やらせてもらえない"」というパターンだ/もちろん、だからこそ逆に、絵筆を持ち続ける値打ちがある、なぜか「できなくて倒れちゃう」ということを繰り返して苦しむことになる、その中でようやく自分の償却すべきカルマが見えてくる(これを投げ出すともう未償却のカルマが闇の奥に逃げ込んでしまう)。
たいてい、このカルマロックは、過去に誰かを僻んだとか、尊敬するべき人を尊敬しなかったとか、薄汚い口調で罵ったとか茶化したとかとか、何かを親のせい・家族のせいにしたとか、口先で自分をごまかしたとか、呪いのかたちで施されている、だから自分の「やりたいこと」は、十全に環境を与えられても、「呪われていてできない」ということに気づくのだ。
こうして、自分の「やりたいこと」を目の前にしたときこそ、過去に自分が何を「やらかしてきた」かに直面させられることになる、過去に自分がやらかした何かしらの"インチキ"によって、自分の大切な、自分の一番「やりたいこと」は、やらせてもらえないということに直面する/だから、本当に「やりたいことができている人」というのは、単に幸運でうらやましい人ではなく、どこか清潔で勇敢な人だったのだ。

やりたいことを「させてもらえない」のは、過去にどこかで唾を吐いたからだ。

だから、「よーし、一念発起して……」というのは、通用しない、一念発起したとき、まず正面に立ちはだかるのは、「かつて吐いた唾を掃除しなさい」だ、その吐いた唾はこびりついて深く浸透しているから、自分でやらかしたにせよ、まずはその汚物の掃除を自分でしなくてはならない。
たとえば、過去に異性を罵ったミソジニーやミサンドリーの人は、一念発起しても異性愛に復帰はできないし、かつて学門を茶化した人は、晩年に学門に回帰はさせてもらえないし、ジョークやユーモアを見下した人は、生涯笑いなく過ごさねばならないことになる/自分の「本当にやりたいこと」を急に一念発起したとしても、過去にカルマを積んだ成分が混入している場合、向き合わされるのは「これからやりたいこと」ではなく「これまでにやらかしたこと」なのだ、そして、このカルマに向き合わずやらせてもらえることというと、もう「ルール」に支配されているのみの、将棋やチェスまでを含めた「スポーツ」に限定されることになる、そうしたルール競技に関しては、過去に積み重ねたカルマは関係ない。

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