☆いい女☆で行こう!

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今何をしたいかのまとめ

に見失っているわけではないが、読む人がわかりやすいように、ささやかなまとめ/今僕は何に向かって話そうとしているのか。
一言で云えば、「言葉」を取り戻させたいということ、これは間違いない。
今、われわれの言語は、ノンフィクションの側へ入ってしまっているので、これは「呪」になってしまう、「言葉」になってくれない、この不具合を実際的に解決せねばならない。
「魂魄」という語があって、これはどちらともタマシイ的なものを指しているが、それぞれ漢字の部品に「云」と「白」が入っている。
今、言葉が失われているというのは、言語が「云う」にならず、「白状」になってしまっているということだ、言葉というのは元来そういうものじゃない、僕が今何をしたいかの第一は、言葉を魄ではなく魂に還すということだ、これは魂魄の混乱を具体的に整備しなおさないと解決しない。

いきなり「言語」を、魂のほう、フィクション世界のソウルのほうに切り替えて使う、そして「言葉」を現成せしめるなどというのは、とてもムリだ、感覚的にどうすればいいのか、「見当がつかない」ということにしかならない。
それで、第一にはなんとかして、具体的なワークを重ねて、フィクションとノンフィクションの「境目」「皮膜」を、しつこく体験させてやるしかない、いくら僕がそれを実演できても、見ているだけでは無意味なのだ、当人がなんとかしてその体験を積み重ねる必要がある。
フィクションとノンフィクションの境目、いわゆる「虚実皮膜」は、「呪縛」と「解放」の境目にある、だから「呪縛」からフッと抜けて動くということを繰り返していれば、フィクション上のテクニックがなくても、その境目に接触し、その感触を知ることは不可能ではない。
そんなことをして、「言葉を取り戻させる」ということが、仮にありえたとして、それが何になるのかというと、それ自体は何にもならない、別にそんなことをしたいという願望が僕にあるのではない、ただ何か、タイミング的にというか流れ的というか、今これをやることをさらなる未来への足がかりにするしかない、僕がこれをする根拠は僕の内側にはない、僕の外側のどこかにある、やらなくてはならない理由はないが、やらなくてはならない理由がある。

今すぐ出来ていいが、「出来た」とは決して言わないように。

なぜなら、「出来た」という語が、すでに呪になってしまうので、その呪のせいで、何が出来たのか出来なかったのか、何が出来ればよかったのか、わけがわからなくなるからだ/「出来た」なんて語を白状するより、「半月の下を走り抜けていく東横線」あたりをごにょごにょ云っているほうがはるかにマシだ、ここにおいて、いかに「白状」がカンタンで、「云う」がむつかしくなっているかが分かるだろう。
「言葉」は、何かの役に立つものではない、なぜなら「言葉」は「世界」であって、「世界」は何かの役に立つものではないからだ/そうではなくて、話は逆、われわれが「世界」の役に立ちたいのだ、そのためにはまず「世界」が与えられないといけない、「世界」なしに努力だけさせられる呪の世の中はいいかげん勘弁願いたいのだ。

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