☆いい女☆で行こう!

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WS報告003(1)

ークショップで得られる知見のことを、書き出すと膨大になりすぎる。
そもそも、ワークショップ関連ネタは、読み手にウケているのだろうか、ウケていないのだろうか……もしワークショップ関連のネタがもっと聞きたいよ〜という人がいたら、その人は横カラムの拍手ボタンから「WS関連ネタ希望!」とでも送っておいてくれ。
「伸ばすとつながる」「金魚法」「余韻法」「命令法」というように、シンプルで質のいいワークが形になってきた、命令法というのは本質的に「関係法」でもあるが、このことはまた説明しないとな。
「余韻法」は、やはり大いにウケたな、フィクションに入る方法として、マジに「具体的」なやつだ、ただ方法が超シンプルだとして、シンプルがイコール簡単というわけではない、まあそこはみんな全力で苦しみましょー。

追究していくと、すべては「アクション」と「余韻」のどちらかに分かれる。
そして、われわれの魂魄[こんぱく]のうち、(気)魄はアクション、(霊)魂は余韻に属する、というだけだ。
そこから、われわれが高性能かつまともになろうとするとき、つまり気魄は「触れるだけ」「他者に何もしない」を徹底すればよく、そのぶん霊魂は「やりたい放題」「自分も他者も一緒くたに連れていく」に到達すればよい。
手のひらを打ち鳴らすのが「アクション」で、パーンと打ち鳴らされた直後から生じているのが「余韻」だ、自分の全身がアクション側から余韻側へスルッと脱け出るかどうかの問題で、スルッと脱け出たとき、その人はキャラから脱け出しており、そのときその人の魂が見える。

気で留めて、霊でブッコ抜く。

これがバッッッチリ決まると、たとえば手首をひょいと捻られただけでも、人がスッテーンとひっくり返ることが実際にある、人はいつも自動的に、スッテーンと転ばないように「気をつける」という状態でいるのだが、このワザに掛かったときは、何しろ気のほうは「留まっている」ままなので、気をつけるといっても気をつけようがないのだ、気のほうは「大丈夫」という気がしたままスッテーンとひっくり返ってしまう、「大丈夫」のまま肉の座標だけが変わってしまうため、もうそのときには今さら「気をつけて」もすでに手遅れになる。
ということを、どうも僕は出来ているくさいが、他の誰かが出来ているわけではない、そりゃこんなヘンタイワザがそうそう余人に出来てたまるかよ、ただわれわれは何にガンバればいいのか、われわれが追究すべきは何なのか、その糸口を垂らしているだけだ、それをどれだけ上れるかなんて人と比べっこしなくていい(ただ糸口がないとか糸口が間違っているというのは単純に損だと思う)。

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