☆いい女☆で行こう!

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WS報告003(3)

ゃんとレポートしないとな……
二日間で計36時間のワークショップを終え(えぇ……)、その後眠って起きると、身体が新しく確実な感覚を得ているのがわかる、まるで「身長が伸びたのか?」というような感覚だ/感覚が増えるということは身体のパーツが増えるということでもあるので、古い2DKの全身から新築の6LDKの全身に引っ越ししてきた、というような感覚が得られる、全身の充実感と確かさがまるで違うのだ。
身体を使い込むことで、身体はヘトヘト……にはまったくならず、むしろ細かいガタつきがなくなり、ワークショップ前よりも格段に軽く穏やかに、かつ静かになっている、そうして「使い込むことでラクになる」というのが、正しく使い込めている証拠だと僕は考えている。
僕はしんどい方向には決して進まない、極限にラクになる方向にしか進まない、何しろ「何もしない」ということに特化したワークで、「何もしないことによって最速で動く」ということなのだから、身体は極限のラクさに向かうのが当たり前だ、負荷をかけた運動で課される筋肉や関節の灼熱感というようなたぐいはまったくない、むしろそれらの炎症を徹底的にゼロにして最速を得るのが僕のワークの基本方針だ。

まあ、二日間で36時間も、全身の連結と切り外しを正式に行っていたら、当然そうなる。
僕は当然そうなるが、参加者の全員がそうなるわけではもちろんない、いきなりそうなれるなら何も人に教わる必要はないし、何より僕だって毎回驚いているのだ、「逆にこんなにラクになるのか、へえええ」と。
とりあえず、「身」を使い込まないことには、何も始まらない、だから基本として、まず自分の身が集中できることを探す/あまりにも「さっぱりわからん」ことには集中できないし、また何か感情的になったり心理的になったとしても、けっきょく「身」は何もしていないことが多いので、とにかく自分の「身」で集中できることを土台にする、具体的にはそういうふうに積み重ね始めるしかないのだ。
「ものっすごい集中して、ものっすごい丁寧にしたら、ちょっと出来る」ということを見つけて、そこに集中力と錬磨を注ぎ込むのだ、その蓄積の果てに毎日身体が変わっていく、昨日の身体と今日の身体がもう違うというのが「当たり前」という日々にしていくしかない、僕みたいな奴でも割とそこはありふれてマジメに考えるのだった。

昨日の僕より今日の僕のほうが、強くて速くて精密でラクだ、それが「当たり前」でなくてはいけない。

一方、スポーツや筋トレといったたぐいは、ピークを保っていないと、すぐスコアが落ちるじゃないか、僕のやっていることはそういうことではない、ピークを強化しているのではなく呪縛を取り去っていっているのだから、何かをキープするという必要はない/僕はステータスを強化しているのではなく、イグジスタンス(存在)を変化させているのだ、「永久脱毛すればその後がラク」というのと同じように、永久解呪したらその後がラクというだけで、こんなことはけっきょく、「思い切ってやっちゃおう」以外の何物でもない。
だからこれは、やはりフィジカルのワークではないのだ、右脳とか左脳とかいう捉え方は古いらしいが、仮にその右脳と左脳の回転と使い分けがおっそろしく速い人がありうるとしたら、それと同じように、魂魄(霊魂と気魄)の回転と使い分けがおっそろしく速い人になるまで根こそぎ鍛錬してやろうというだけだ、ただしそういったことは思念ではできないので(思念では霊魂も気魄も凝固していくだけだ)、具体的に身をもってやっていくしかない/シロウトがたこ焼きをひっくり返そうとすると、タコも小麦粉もグズグズになるが、名人がやるとパッと一瞬でひっくり返っていく、それと同じ速さの差が人間の全身と魂魄に起こるというだけだ。

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