☆いい女☆で行こう!

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池上彰についていけば間違いない

金の余裕がプールされていて、その使い道が特にないなら、池上彰の著作を全部買ってしまえばいい。
今、池上彰氏の知識とその教授が、わかりやすく、正確で、核心を突いており、スリルに満ちている。
なぜ「スリル」に満ちているかは、正しい知識が獲得されていくとわかる、池上氏がどういう境界線でギリギリの中立を保ち、しかし本当には何を企んでいる男なのか、それが見えてくると、本当に見ていてほれぼれする。
池上氏は、本当に頭が良く、賢明で、ウイットに富み、タフで、すさまじい精神力を持ち、かつ熱い男だ、彼は単にわれわれに知識を与えようとしてくれているのではなくて、彼は知性の工作を仕掛けてきている、いわば知性のテロリストというような男だ、このタフガイについていけば基本的に間違いない、あなたは決してバカにはならない。

旧約聖書は、ざっくり言えばモーセが書いたものであり、新約聖書は、キリスト以降の弟子たちが書いたものだ、それぞれ書かれた時期は一五〇〇年以上離れている。
そして、ムハンマドがコーランを預かったことについてもそうだが、中東方面を発端とする宗教は、「奇蹟というものがマジである」ということから始まっている、なんとなく山ごもりしていたムハンマドは、ある日突然、長大な詩文であるコーランを暗唱して帰ってきたのだ、しかしムハンマドは文盲であり、字が読めない男だった、人々は「んなアホな」とびっくりしたことだろう。
人智を超えた事象がマジで目の前に示されるので、「これをどうしよう」「こりゃマジでカミサマがいてはるわ」というところから宗教が始まっている、決して道徳や世間知の集積から宗教が形成されたのではなく、人間のものではないカミサマの言葉を預かってしまう、「なんだこりゃ」に直面して宗教が興っているのだ/そして、こうして興った宗教から、社会が形成されていったのであり、その逆ではないのだ、社会が宗教を生み出したのではない、そして宗教側の本質に触れている立場の人は、人々がこの点を誤解していることについて、「知ったことか、ほっとけ」という考え方なのだ、つまりあなたは誤解したまま放っておかれている。
そしてここにきて、最先端の物理学が、宇宙の成り立ちを解明していくと、どうも物理学の結論が、それぞれの宗教が語っている宇宙の成り立ちと、符合してくるようなのだ、それも含めて「どうやら奇蹟とかカミサマとかいうのは、信仰のモンではなく、マジのモンらしい」と思い知らされる、そういう局面に、今人類のストーリィは来ている、あなたは放っておかれているが/そうした奇蹟と宗教と社会と学門が本質的に「何だったのか」を、総合的に、池上彰はあなたにブチ込もうとしている、しれっと「ジャーナリストです」という顔をしているが、なんとまあ熱い男だと、見ていてほれぼれする。

池上彰があなたの父親でいい。

現在の父親には、ちょっと席を移動していただいてだ、池上彰を私淑し、師父に仰ぐというのは、今もっとも有益でスリリングでバランスがよいと思う、池上彰を指して「この人がわたしの父ですから」というのは、機知に富んで、何もアタマのおかしい話ではない。
池上氏は、本当にスリリングな叡智の活動を、ギリギリのバランスで展開しており、場合によっては本当に暗殺されてもおかしくないような方だ、きっとあの方は、われわれの知らないことを知っている(知ってしまっている)/あなたも人生に一度くらい、「この人の新刊を楽しみにする」という経験を持ったらいい、それはあなたの生きたひとつの時代になるだろう。

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