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ルール脳と学門脳

便物を送るときには、郵便番号を書き、住所と宛名を書いてポストに入れる。
そのことについては、あなたは「確信」があると思う。
一方で、「過酸化水素水に二酸化マンガンを入れると酸素が発生する」ということについては、「たしかそうだったはず」とは記憶しているが、「確信」はないのじゃないか。
郵便物に郵便番号を書くのは「ルール」で、過酸化水素水に二酸化マンガンを入れたら酸素が出るというのは、「ルール」じゃなくて学門だ/ルール脳で生きている人は、どれだけ学門に触れても、その学門が確信を与えてくれないという状態にある、これは脳の性質を切り替える必要がある。

人の脳は、ルールにだまされるのだ。
「ルール」が、「存在」するものだと思い込まされて、脳みそがルール脳になってしまう。
「過酸化水素水に二酸化マンガンを入れると酸素が発生する」と、記憶はしているのに、なぜか「確信」が持てないのは、「そう解答したら○がついて点数をもらえた」という、学校ルールの記憶が刻まれているからだ。
あなたは、穴埋めの問題として、「過酸化水素水に二酸化マンガンを入れると(  )が発生する」という設問があったとき、そこに「酸素!」と答えることには確信がある、しかし、過酸化水素水から酸素が出るという実際のことについては確信がない/テストで点数がもらえる確信[ルール]はあるのだが、過酸化水素水から酸素がもらえる確信[学門]はないのだ、これは典型的なルール脳の症状で、このままでは学門を身につけることができない。

郵便物に郵便番号を書く確信は、制度であって学門じゃない。

ルール脳の人は、自分が制度に縛られているのに、「制度」のことをよく知らないから、自分が縛られているのがわからないのだ、そして「ルール」がこの世界だと思っているので、過酸化水素水に二酸化マンガンを入れると酸素が出るのも、どこかそういう「ルール」だと思っているのだ、ルールとは関係なくこの世界が存在しているということが根っこのところでわかっていない。
たとえば僕が、「別に二酸化マンガンでなくても、そのへんの砂をブッ込んでも、酸素は出るんじゃない? 過酸化水素水なんだから」と言うと、ルール脳の人にとっては「???」となる、これまでに与えられてきたルールとして、「そのへんの砂をブッ込む」というルールは習ってきていないからだ/しかし当然ながら、本来の学門というのは、「過酸化水素水にそのへんの砂をブッ込んだらどうなるか」ということが理知で推測できるから学門なのだ、それはルールではなく理の知識だ。

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