☆いい女☆で行こう!

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「できない」というすばらしいこと2(理法が違う)

しいことを教えられたとき、「で、できね〜」と反応する人はすばらしい。
なぜなら、「理法が違う」ということに気づいているからだ。
「理法が違う」「自分のやっていることと違う」「やり方がそもそも違う」ということに気づいているから、「で、できね〜」となる。
この、「理法が違う」ということに気づいていない人は、「できね〜」ではなく「むつかしいですね」という反応になる、こちらは新しい理法への切り替えが起こらないので、そのままでは何もできるようにはならない(だから損だ)。

たとえば、ゴミ箱にゴミを投げ入れるとき、ゴミ箱が近ければ「かんたん」で、ゴミ箱が遠ければ「むつかしい」だ、これはただの難易度の問題だ。
単に、ゴミを投げ入れるだけなので、「かんたん」でも「むつかしい」でも、理法は同じだ、これまでどおり、「狙って投げる」だけでいいし、それ以外に方法はない。
だが、これまで人に「意識」を向けていたものを、急に「意識を向けず、胴体に流れているものを向けて、相手とつなぐ」なんて言われた日にゃ、それはもうまるっきり理法が違う/ここで、この「新しいこと」に飛び込んで、「で、できね〜」となるのはまったく正しい反応だ。
ここで、まるっきり別の理法が示されているということに気づかず、どことなく楽しそうに、「がんばります」「むつかしいですね」と反応している人は、これまでの自前の理法のままを続けてしまうので、転換が起こらない/それどころか、これまでの自前の理法をけっきょく強化することになり、見当違いのパワーアップをしてしまう、これは合目的的に見て損だ。

「わたしを認めないでください」が最短の入口だ。

僕自身、思えばそのことを第一に繰り返してきたわけだ、「おれが面白くないのに愛想笑いをしないでくれ」「おれのやっていることが視えなければお追従(ついしょう)しないでくれ」「はいはい、それでいい、もっとプレッシャーをかけてください」と/それらのお追従を剥ぎ取ったとき、真実何が届いているのか、それとも何も届いていないのか、そこをさっさと暴き立てないでは時間がムダになってしょうがない、僕はいつも「絶対に視えるようにやるので、視えるまで勝手に動かないでください」と言い立ててきた。
こちらが愛想良くし、人好きする意識を向ければ、向こうも空気を読んでそれに付き合ってくれる、それもひとつの理法ではある、だけど僕がわざわざ教えようとする理法はそれとは異なる、別にどちらの理法が正しいというわけではないが、僕がお追従の理法を「できねー」のと同じで、お追従の側は僕の理法を第一に「できねー」はずだ。

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