☆いい女☆で行こう!

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裸も着こなしのひとつ

いレディに向けて……若いレディなら誰でもご存じのとおり、それぞれの服装には着こなしというものがある、ポップな服にはポップな着こなし、ロックにはロック、エレガンスにはエレガンス、フォーマルにはフォーマル、キッチュにはキッチュ、甘々には甘々、フォークロアにはフォークロアの着こなしというものがある。
それでいうと、裸にも裸の着こなしがあるといえば、若いレディにとって、一つの道筋になるかもしれない/裸になったからといって、あなたは急にAV女優さんになるわけではない、何も着ていないというのも服装のひとつだ、われわれは文化をもつ大人なので、われわれの全裸は赤子の全裸と同質ではない
実際、ロンドンのファッション・ショーで、帽子と靴とバッグの他は「全裸」という、コレクションの展開もあったのだ、それじゃあオメエ、売るブランドが無ぇだろうよとは思うが、裸は服装のひとつには違いないし、そもそも「服装」はすでに「裸を隠すためのもの」ではとっくにない(裸を隠すだけなら国民服だけでいい)。
一方で、実はセックスの場面でも、全裸になるのは「ふしだら」「はしたない」という理由で、着衣のままセックスするのがマナーだった時代や地域もあるのだ、とかくわれわれは全裸になると何かが「なげやり」になりすぎる、そのことはあなた自身をラクにはしないしあなたに利益ももたらさないのだ。

僕は、若い女性が、服を「脱ぐ」というのが、どうも好きでない/またそれに合わせて、男性が目の色を変えるのも好きでない、何かどうもアホっぽいことが始まってしまう気配がある。
服を「脱ぐ」というのは、服を洗濯籠に放り込むときの動作を言うのであって、そうでない場合は、服から肌を脱(ぬ)くのだ、鞘から刀を抜くように、脱かれる肌の側が主役であって脱がれる服の側が主役ではない/「服を脱ぐ」では脱衣という行為が主役になってしまう。
たとえば、肘まであるロング手袋を、あなたが嵌めていたとして、その手袋を外すということは、ヨッコラセと手袋を脱ぐということではなく、前腕と手指が脱き出されるということだ、そうでないとなんとなくカッコ悪いじゃないか/ヨッコラセと「脱がせる」のではまるで介護みたいになる。
おそらく、「全裸」というと何かはしたないことばかり空想・連想しているので、それに合わせて、全裸に何かはしたない空気が貼り付くようになってしまうのだ、そういうのが好きという人もいるかもしれないが、あなたがそういうのが好きでないなら、考え方を変えて、そこから体質と肌質を変えていくのがいい、お刺身が料理のひとつであるように、全裸というのも服装のひとつだ。

全裸を着こなせないと、いわゆる性癖が歪んでしまう。

その意味では、いわゆる「性癖」が好きな人、それもドギツイ「性癖」が好きな人もいるので、そこは趣味の問題かもしれないが、けっきょく健全なことではない/どういうことかわかるだろうか、つまり「全裸」が逆に、一種のコスプレになってしまっているということだ、たしかにコスプレは「服装」ではないな。
若いレディなら、誰でもご存じのとおり、「服装」とは本体あってのもので、誰でも同じ服を着れば同じ服装になってくれるわけではない、着衣は1枚から服装でなく、着衣は0枚から服装だ/われわれは身体を着ているのだから、まずはこれを着こなすのが第一だ、もし裸が「服を着ていないワイセツ状態」だというならば、一人の画家も裸婦像を描かなかっただろう。

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