☆いい女☆で行こう!

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意志と価値観/全身全霊とは

は全身全霊でこのブログを書いているが、こんなしょーもないものに思い入れがあるわけではない。
全身全霊になるのは、思い入れのせいではなく、ただ僕の意志だから全身全霊なのであって、僕は僕自身の意志に関するかぎり、全身全霊にならないことがない。
何せ自分の意志なのだから、全身全霊にならないほうがおかしい/自分の意志なのに全身全霊にならないということは、あれか、部分身・部分霊でガンバリますということか、そんなバラッバラの取り組みをするほうが僕には手間に思えるし気色悪く思える。
僕にとって全身全霊になるというのは、ノーマルのことであってスペシャルのことではない、つまり僕は、自分の意志には全身全霊が当たり前であって、価値観によって全身全霊になるのではない。

価値観としては、たとえばこんなブログ、「まあ、あったほうがいいんじゃないですか、毎日何百人も、楽しみに見にきているみたいだし」としか思わない、価値観としてはそんなものだろう。
が、価値観というのは基本的にヨソのことであって、価値観うんぬんで僕のスイッチが入ったり切れたりはしない、価値観がどうであろうが、僕は自分の意志としてやると決めたことには常に全身全霊だ、悪党を斬り殺す場合も全身全霊だろうし、女子中学生をレイプする場合も全身全霊だろう、仮に僕がそのことをするという意志を持った場合においては。
価値観としてどれだけ「すばらしいことです」と言われても、僕は僕の意志がないときは全身全霊どころか完全にゼロだし、価値観として「しょーもな」と言われても、僕は僕の意志で向かうときには全身全霊だ、たとえばこの夏はきっと僕は避暑に出ると思うが、全身全霊で避暑に出ると思う、そしてもちろんそんなことに価値観上の重きは置かない、そもそも僕には価値観なんてものは飾りにしか存在していないが……
若くうつくしい少女が、えっちな自撮りを送ってくれたりすると、途端に「よーし、やるぞ!!」という英気がみなぎってくるが、それは価値観や興奮で昂ぶっているのではなく、美少女の全身(と全霊)には、僕も全身と全霊をもって迎えるのが僕の意志というだけだ/仮に美少女の側がそういう意志でなかったとしても、いいのだ、きれいな下着が似合っているね、僕の意志と全身全霊は、そうした安っぽいものにこそ起動するという掟、そのこと自体が僕の意志だからいいのだ。

PCのキーボードは、どのキーを押しても即座に反応する、これはキーボードが全身全霊だということだ。

「価値観」というと、たとえばEnterキーだけアツアツになり、Enterキーだけ押してもいないのに反応するとか、押すたびに感情的な汁が出るとかで、一方でctrlキーを押されても「えー……」とイヤがって反応しないとかだろう、それはキーボードが全力で自我を主張しているのであり、即刻買い換えの案件だ、キーボードたることへの意志がないキーボードを、わざわざ使う必要はない/僕が男たることへの意志を失ったらそのときはただちにヨソのものに買い換えてくれ。
僕は自分の意志に向けては常に全身全霊であって、それが「ノーマル」だ、価値観サイドの人は逆に「スペシャル」を求めるのだろう、価値観上のスペシャルに昂ぶったらアタシもスペシャルかもしれないという動機で/別にそれがいいとか悪いとか思わない、価値観サイドの人の苦悶を取り沙汰することは僕の意志にはないので、そのことについては僕の関心はゼロだ、「価値観」に僕の意志は向かわない。

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