☆いい女☆で行こう!

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仮称、「明るいうつ病」2

れは、医学的なうつ病ではない、医学的なことはお医者さまにまかせるべきだ。
そうではない、ナゾの現象に懸念を覚えている、それは、やさしさや愛が逆に「ダメージを与える」というナゾのケースがあることだ。
ふつう、アダルト・チルドレンや人格障害方面の問題というと、「受けた愛情が足りなくて……」という捉え方が基本なのだが、何かそれだけで話が済まない、やさしさや愛を受けるとそれが「刃」になって突き刺さってしまう、という類型があるようなのだ。
この人にとっては、やさしさや愛を受けた瞬間、それが「すごく痛い」と感じるようなのだ、まるで無数の棘に突き刺されるような……原因や機序はまったく不明だが、どうもそういう類型があるくさい、ということだけ報告しておきたい。

だからこの人は、やさしさや愛が「ない」ほうが、痛みがないのだ、それでわざわざ、やさしさや愛のない人や環境を選びたがる。
人にこころを向けられず、冷淡に、ないがしろにされるほうが、痛みがなくて「楽」だという状態だ、最新にはそういう研究結果もあるのかもしれないが、僕の古い心理学の知識には該当する類型はない。
この人の苦しいところは、やさしさや愛が「刃」「棘」「刺さる」「痛い」にもかかわらず、その突き刺さる痛みのほうへ自らが寄っていってしまうということだ、やさしさや愛に感動しないわけではないので、そちらにどうしても寄っていくのだが、寄っていけばいくほど「突き刺さって痛い」ということになる、これではやがてpanicと破綻は避けられない。
奇妙な話なのだが、これはどうも実際にある現象らしい、やさしさや愛を向けられると、パッと顔が和らぐのではなくて、「……ギャー!」となるのだ、そのときなぜ本人も「痛い」「刺さる」のか、そして「ギャー!」なのかは、よくわからないらしい、これは心理的トラブルよりもっと根源的な次元の事象という感じがする。

やさしさや愛が、宝だった時代は過ぎたのかもしれない。

いや、それは引き続き宝には違いないのだが、実効的には宝ではなく「刃」「棘」になってしまうということだ、そんな残酷な話があるかよ〜という気もするのだが、逆に何かの神話にはそういう構造の話も残されているかもしれない(詳しくないのでおれは知らん)。
実際、冷たいものや心ないものに、「癒される」と感じる人はすでに少なくないみたいだし、やさしさや愛はすでに人にダメージを与えるシロモノでしかないのかもしれない/これは僕がややこしい話をしているのではなく、ややこしくなった人の話をシンプルにしているのだ、おれ自身は何一つややこしくねえよ。

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