☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< パーティ報告82(3)/caseの人々とボエーム主義 | TOP | 「職業」と「仕事」 >>
パーティ報告82(4)/尽くしていますか〜
「別におれは、明るくしようとしているのではないが、もしおれが明るい人間なのだとしたら、それは本分に尽くしているからなのじゃないかと思う、本分に尽くしていない人間はどうしたって底から明るくはなれないだろう」
尽くしていますか〜、という、一言で済むというわけだ、そりゃ尽くしていない者が尽くしている者には勝てないわな、『本分』でやっていないということは、必ず『自分』でやっているということだ、本分が縮んで自分が肥大するというのはどう見ても正道じゃない」
「こういう話をしていると、『厳しいなぁ〜』とよく言われるけれども、そうじゃない、逆なんだ、本分でないことを自分でやり続けるほうが、よっぽどダルくてしんどいんだよ、しかも底から明るくはなれないという、そりゃそっちのほうがキツイよ、おれにはそんなキツイことは耐えられないんだ」
「しかも、おそらく、人は本分に尽くしていないかぎり、それに見合った能力や徳性や幸運も授かれないんだ、努力しているのに何も得られないってことになるんだよ、しんどい上に何も得られないなんて、こんな不合理なことをやっていられるかい、おれはイヤだね」

どうやら、ほとんどすべての人は、「何かしなきゃ」「何かをしないわけには」「あああ」という思いと危機感はあるらしい。
パーティうんぬんが始まると、僕は自動的に、その場の本分に尽くすので、そこにいる人は自動的に「尽くされる」ことになり、「それはマズい!」と感じるようだ、「カ、カルマが溜まるぅ〜」という感触が実際にあるらしい、そりゃ自分だけ尽くされてホワホワ〜ンと棒立ちしていたらそれなりにカルマが溜まるだろう。
「『本分』は、『自分』の中を探し回っても見つけられない。『自分』とは異なるから『本分』と呼ぶわけだからね。本分というのは、そのときの場所、環境、目の前に置かれているものに対して発生するんだ、現場で反応するのが本分というものだ、人それぞれ、何を本分するかという個性はあるだろうけれど、それはただの傾向であって、本分の本質はそこじゃない」
「たとえばおれは、居酒屋に飲みに行くじゃない? そうしたらガンガン注文して、ガンガン食ってガンガン飲むのだけれど、その背後にはどこか、『それが客の本分だろ』という感覚があるんだ、それで『ごっそさんしたぁー』と帰って行くのが客の本分だと思っているんだよ、なぜか知らんがその本分を尽くそうというはたらきに、その現場ごとに反応してしまうんだ」

「本分というのは、自分の中にルール作りをすることではないのですね」「そう」

「おれだって、こうして色んな場所にいてさ、そのときの本分に尽くさなかったとしたら、後で気分悪いもの、そしてそれ以上に、何か道を外れたとか、運気が下がったわとか、よくない不穏の実感があるものだよ、そこはそもそも、本分に尽くしていないのに明るくなろうというのは話がメチャクチャなんだろうな」
「本分というのは根が深いようだな……自分の中に本分を探すなよ、こうして現場があって、隣に女性がいたら、おれには男として尽くすべき本分が発生する、隣に年少者がいれば、おれには年長者の本分が発生する、おれがこの場の主催者なら、主催者の本分が発生する、自分の中に発生するのではなくて、目の前に置かれた現場とそこにある関係性の中に本分が発生する、目の前の世界に対して本分が発生している、それを自分の中に探さないことだ、目の前の世界の中に探すことだ、本分が見えないかぎり本望には到達できないだろう」
そのほか | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |