☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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QHz(3)

隔膜のない人はいない/人体の構造は誰だって基本的に同じだ。
「打てば響く」という慣用句があるが、横隔膜は膜なので、エコーを生じないわけがない、だから誰だって「打てば響く」はずなのだが、中にはそのエコーが「ひどい」という人もあるのだろう。
その人は、己の横隔膜から生じるエコーが「ひどい」ため、それを隠すために、偽りの音を返す……ずた袋のようなエコーは隠しておいて、「人格」で捏造した偽りのエコーを返すのだ、だからいちおうは返答するのに、「打てば響く」という感じがまったくしない。
もう長いことそれを続けているので、当人もそのやり方が当たり前になってしまい、本当はそんなことをしていたらメチャクチャ疲れるのに、そのことも最早わからなくなったのだろう、それで異様に人当たりのよい人々の社会が、同時に猛烈なストレス社会でもあるという状況が形成されている。

横隔膜説を信じてもらう必要はないが、仮にそういう「膜」が原因だったとして、膜がピンと貼られていたら、スネアドラムのようなかっこいいエコーが返ってくるところ、膜がずた袋状態なので、慌ててシンセサイザーで合成して返すのだ、そうして「打てば響く」ということはインチキされ、誰も彼も異様に疲れる、鬱になる、という状態になっている。
これに関しては、年長者として意見するが、もし若いうちから横隔膜に「受け取る」「応える」「応じる」という経験を積ませていなければ、応答はガッタガタになっていて当たり前だ、横隔膜そのものが浄化されず、償却されていないカルマでゴリゴリに固まっているという状態なのかもしれない、何にせよ経験量が足りていなければ、「まともな横隔膜」が成り立たなくて当たり前だ、ごまかしの利くところではまったくない。
極めてダッセエ話だが、おそらく寝たきり老人のリハビリのように、横隔膜にエコーのリハビリを、たっぷりやらせるしかないのだ/人格で受け答えするというイタい状態を即刻やめて、どれだけダサくても、ヨレッヨレの横隔膜でピュアに応答するということを、まさに応答次元でやるしかないのだ(うーむその光景は、想像するだけでとてつもなくダサいであろう)。
要点を、繰り返し申し上げておく、<<人格で応答してはダメ>>なのだ、エコーにはエコーで応答するしかない、横隔膜には横隔膜で応答する/人格(というか、「キャラ」)で応答するのは、自分のエコーのダメさを隠蔽するために、シンセサイザーで合成・捏造したものを返すということだ、もしその隠蔽したやり方がお好みだというなら、それを一生続けていくしかない、もちろんそういう人も少なからず存在はする。

100万の過信を奪われて、10の自信を与えられるだろう。

さまざまな無理難題が、障壁として立ち塞がることになる、まず100万の過信を奪われることに、普通は耐えられるものではないし、それ以上に、これまで自分が蓄積してきたウソに耐えられるか、という問題がある、何しろ何十年も、シンセサイザーの合成音でウソを返してきたのだ、その壮絶なカルマを受け止めきれるか、自分の積み重ねてきたカルマは自分で償却しなくてはならない。
さらには、カルマの最大として、これまで横隔膜から直接向けられてきたエコーを、ことごとくゴミ箱に捨ててきた、ということもありうる、このカルマを認めて償却に向かうのはタダゴトではない、これから先に同量だけ、自分もゴミ箱に捨てられるということだから、それはリアルに精神の強度として履行不可能かもしれない。

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