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合気道は和合の道である2

は本当に合気道なんかは一秒も習ったことがないドシロウトなので、その筋の人はどうか目くじらを立てないように、どうせおれのほうが年上だろ、こんなオッサンの与太話にマジメに食ってかかるものではない、世界にはもっと楽しいことが満ちているよ(はぁと。
さて、先日の話と突き合わせると、古代ギリシャから急に近代日本に立ち寄ったことになるのだが、ありましたよ、おれがこのところ話していることそのまんまのことを、先に語ってくれている方がいらっしゃった。
それはなんと、合気道の、名人である塩田剛三ではなくて、開祖だった植芝盛平だった、植芝盛平は塩田剛三の師匠に当たるので、それはもうとんでもないスゲー人だ、今ある合気道のほとんどの源流がこの植芝盛平に行き当たる(んだよね? あまり細かくは知らんが)。
で、この植芝盛平は、合気道について無数の教えと、ほとんど啓示のようなものを残されたのだが、そこにズバズバ書いてあったよ、この話はわかりやすいように、前半にアホ九折説と、後半に植芝盛平説を並記してみる(ほとんどおれ自身の確認のためだが)。

九折説「フィクションの速さ、ノンフィクションは呪縛で重い、重い(重量がある)ってことは光じゃないってことだぜ」植芝説「真空の気は宇宙に充満しています。これは宇宙の万物を生み出す根源であります。空の気は物であります。 それがあるから五体は崩れずに保っております。空の気は重い力を持っております。また五体は空の気で働きます。 身の軽さ、早技は真空の気を以てせねばなりません。空の気は引力を与える縄であります。 自由はこの重い空の気を解脱せねばなりません。これを解脱して真空の気に結べば技が出ます」

九折説「自分からじゃだめ、本分からじゃないとだめ、自分は『何もしない』、自分をやめて横隔膜で本分を聞け」植芝説「我々は大神の分身分業であり、宇宙経綸の分身分業であり、世界家族の一員と成り、益々地球をして栄えしめ、宇内を浄め、清い清い世界の楽土建設の為、宇宙建国精神へ御奉公する道が合気道なのであります。合気道はこの使命の実を結んで行かねば成りません」

九折説「メラウルワーは業(カルマ)でしかない」植芝説「宇宙の真理に合しない業(わざ)は全て己れに返り、身を滅ぼす」

九折説「魂魄分離、魂は霊魂でフィクション的なもの、魄は気魄でノンフィクション的なもの」植芝説「魂の氣というのは、宇宙組織の氣である。造り主の事である。魄は物の霊を魄という」

九折説「言葉が世界であって、その言葉は『エコー』としてある」植芝説「宇宙組織の魂のヒビキというのはコトダマのことである」

九折説「言葉の素(モト)みたいなものがあるな、それ自体がまあ『世界』なんだが」植芝説「言霊とは文字や音声に出ずる想念以前の響き、即ち光そのものの響き、神である、音声や文字に出た時は既に言霊の役目、働きが果たされた後のものである」

というわけで、引っ張り出せばいくらでもあるのだが、キリがないのでやめておく(おれにしかトクにならないし)、まあほとんど完全一致と見て問題ない、違いは単におれの側が超絶ちゃらんぽらんというだけだ、おれは何の開祖でもないからな/で、何も、こんなユニバーサルな話を聞いてフワフワしろって話じゃないんだよ、これぐらいのことゴリゴリに掴んでいないとまともなワザ(術)は出てこねえってことなんだ、そしておれみたいな奴は、まともなワザなり術なりがないと女の子とムフフないいことができないので、必死でやりこむしかないのだった、嗚呼おれだけに愛が降り注ぐといいなあ〜。

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