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WS報告006(5)/空気を読む・真空を読む

「お前らみたいなモンは、空気でも読んでろ、その点おれは、真空を読んでいるからなぁ〜!!」
まあネタみたいだが、ネタみたいなものが一番よろしい、ネタだが事実だ、僕は空気を読まずに真空を読んでいる、「なんじゃそりゃ」と言われるかもしれないが、それを言えばもともとの「空気を読む」だって「なんじゃそりゃ」だ。
あっちなみに、言うまでもないが、僕は空気が読めない奴じゃないよ、そりゃそんなキホンができないオッサンがあってたまるか、空気を読むのは社会生活のド基本であって、そんなことはいちいち言及しなくていいという話、空気が読めない奴はただのメーワクであって、そこはフツーにしろよ、常識ないのはダメだよという、ただそれだけのことなのだった。
一時期、空気が読めない人のことを、「KY」と呼んで差別する風習があった、それで僕としてはこれから、真空が読めない人のことを「SY」と読んで差別しようと思う、人を差別するのって楽しいからな!! 「ほらあの人ってSYだから……」と陰口を言うのだ、こりゃ考えるだけでもワクワクしてくるぜ。

空気とは何か、そして真空とは何か/これについては、合気道の開祖、植芝盛平の言をそのまま引用してしまおう、ウーン偉い人の言葉に任せてしまって自分がサボれるのはすごくラクだな!! これはいい方法だぜまったく(ちなみにこの引用文の表記はメチャメチャ正確で的を射ていると思う、さすが偉い人は違うぜ)。

「真空の気は宇宙に充満しています。これは宇宙の万物を生み出す根源であります。空の気は物であります。 それがあるから五体は崩れずに保っております。空の気は重い力を持っております。また五体は空の気で働きます。 身の軽さ、早技は真空の気を以てせねばなりません。空の気は引力を与える縄であります。 自由はこの重い空の気を解脱せねばなりません。これを解脱して真空の気に結べば技が出ます」――1959年 植芝盛平

ワークショップでは、「命令法」というのを割とメインにやっている、自分自身に出す命令、また自分から他人に出す命令だが、命令ということは「命の令」ということであり、「令」というのは「うるわしい」「お告げ」というような意味だが、ウーン説明は面倒だな、とりあえず「わが生」と「わが命」は意味が異なるので、「生きる」と「命」はまったく別モノだということも知っておく必要がある/それらを通して、「命令」とは何かということになるのだが……
で、理屈はどうあれ、実際に使えないと意味がない、僕は空気と真空の違いに着目し、「そうか、お前らの命令(のつもりのやつ)って、遅すぎるんだよ」と教えた、空気というのはとても重いので遅くなるが、真空には重さがないのでメチャクソ速い、そのことを踏まえて僕が、ためしに最速で「命令」を入れてみたのだが、すると全員が「うわあっ!」と悲鳴をあげてすっ飛んだ、その悲鳴はトイレにまで聞こえていたらしく、トイレに行っていた人は「また何かドエライことになってますか……」と怯えながら戻ってきた。

真空の栓を抜くと、一瞬でプシュッと空気が入ってしまうが、「命令」というのはそれより速い。

真空の栓を抜いて、空気が入ってしまうより先に、「命令」が入らないといけない、ヘンな説明だが感覚的にはこれでビタッと合うのだ/おそらく植芝盛平が言っている「真空」というのは、本当は排気した試験管の真空のことではなく、宇宙にまだヒッグス粒子がなかったころのことを「真空」と呼んでいるのだと感じられるが、そんなムズイこと言っていても何にもならないので、とにかくこれでいいのだ、真空の栓を開けて、「空気」になってしまうより先に命令は届かないといけない、空気が入った後の命令は重さのある「悪いこと」になってしまう(そこに「悪い子エコー」を使うのも発見と練習として重要だが、それ自体はゴールではない)。
「空気を読む」ということは、生活上重要なことだが、それはすでに「空気」であるため、「命の令」には何も間に合っていないという状態にある、だから「空気を読む」ということは、重要でありながら、それをえんえん続けたとして、何一つ永遠に面白くないということが続くのだった、それでそこに、空気を読まない奴をババーンとブッ込んだとしても、それは二重の誤りにしかならない、命令が成立するのは真空が空気になる前のほんの刹那の瞬間なのだ、それこそを続けていかねばならない。

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