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WS報告006(7)/ハートの効用と横隔膜の効用
講者から質問があったので、ブログでも回答、つまるところ、胸の中央(心臓)と、その数センチ下の横隔膜、それぞれの担当する機能を明確に知りたい。
1.心臓にせよ横隔膜にせよ、「つながって」いないと意味がない。
2.「つながる」には三段階あり、心臓にせよ横隔膜にせよ、第一に自分の全身とつながること、第二に誰かの全身とつながること、第三に世界とつながること、この第一から第三までがつながらないと、「この世界にわたしとみんながいる」には当然ならない。
3.心臓の側の機能は、気魄の機能であり、これは「触れる・何もしない・安心・動かない・禁則」を担っている、一方で横隔膜の側は、霊魂の機能であり、これは「命令する・何でもイエス・世界・動く・解放」を担っている。

4.重要なことは、心臓・気魄・ノンフィクションの「つながり」の中で、「触れるだけ・何もしない・安心」の確実な約束が得られていないと、人はフィクションの「つながり」に入れないということ/あくまで気魄が「触れるだけ・何もしない」から、霊魂の営為を始めることができる。
5.気魄がわずかでも偏ると、それはノンフィクション上で「何かする・される」という関係になり、霊魂の営為どころではなくなる、たとえるなら人は眠るあいだ、何もされないから電灯を消して眠れるのであり、何かされるリスクがあるのならば電灯をつけたまま過ごさねばならないということ、ノンフィクションのリスクがあるときはそうして「霊魂どころではない」という状態がつづく。
6.「触れるだけ・何もしない」ということは、無視するということではなく、「聞く」ということ/人は自ら能動的に「聞く」ということをしない限り、必ず傍若無人に「偏って」いるものだ。
7.よって、端的には、心臓からのつながりは、「つながって、触れるだけ、何もしない」ということを鍛錬するべきで、あくまでその上で、横隔膜のつながりは、「つながって(同調して)、聞き、命令する」ということを鍛錬するべき。

8.つまり、「触れるだけ」イコール「聞く」が成立する。

9.気魄・心臓から「触れるだけ」ということが成り立つとき、自動的に霊魂・横隔膜から「聞く」ということが成り立っているはず/この「聞く(聞こえる)」が成り立っていないならば、「触れるだけ」は成り立っておらず、必ず「何かして」おり、必ず「偏って」いるはず。
10.心臓と横隔膜の機能が行き来するとき、その切り替わりの刹那に、見えない・真空・爆発・無限の創出たる谷がある、本義的には、この真空の谷から正しき気魄(アクション)が生じ、また正しき霊魂(エコー)も生じる/つまりノンフィクション主義もフィクション主義もそれ自体が正しくはない、正しきはその刹那の谷にのみあり、それがどういったものかは、<<ありはするが見えない>>ので、人はこれを見つけるのではなく、最果てまで追い求めるしかない、この谷に近接するほど、人はすさまじいはたらきをしつつ、同時に「何もしていない」が成立する。
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