☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 粗雑と乱暴がもたらしたもの3/あなたが慣らされているニセモノ | TOP | 愛にあふれた奴でありたかった >>
「導師事件」の真相

しているとあまりいいことにならない感じがするので、大暴露、まあどうせ誰も気にしちゃいねえだろう。
僕が先日、ワークショップの帰りに、三人で木陰に休んでいるところ、通りすがりの巨躯の外国人の方が足を止め、数秒僕を見つめ、「……グル(導師)デスカ?」と訊いてきた、訊いてきたというより、あれはそう見抜かれたということだが、とにかくそんなことがあった。
このことの背後にあった、本当のことをお伝えしておく、何かこのことは正しく伝えておかないと、けっきょく身体に悪いらしい、おれの身体に悪いのじゃないよ、この話を聞く人に向けてのこと。
あの日僕が、どうやら何かを読み取ることができるらしいあの外国人の方から、第一声に「グルですか」と見抜かれたのには、背後に正式な手続きがあるのだ、漠然と言われたことではなく、ある意味では「検査の結果」として「グルだ」という判断が出されたと言っていい/そしてふつう、こんなことは知りようがないし、知ったかぶりをするぐらいなら、知らないほうがいいのだ。

僕はその日、「命令法だ」といって、それの特に爆発的なものを、みんなにバンバン打ち込んでいた、身体をバッと叩かれると「うわあっ!」となって、そのとき身体が異様に啓け、その後は異様に元気になる、ということをみんな体験した、そうしてその日のワークショップは盛り上がって終わった。
で、その時点で僕はうっすらわかっていたのだが、バラしてしまえば、これはもう「シャクティパット」になってしまっているなあということだった、「シャクティ」はある種のエネルギーのことで、「パット」は軽く叩くという意味だから、語義のとおりシャクティパットだ/「シャクティパット」といって、ヨーガの上位者が直接の接触によって弟子の霊性を啓くという技術があるのだ、これはヨーガの、奥義ではないが、かなり秘術に属するもので、本来は何年間にも亘る修行を経てからでないと授けてもらえない(らしい)。
本来シャクティパットというのは、眉間に接触してほどこすものだそうだが、明らかにそこまでするのは危険というか、そもそもクンダリニーがそこまで上昇していないので(いいや全部バラしちまえ)、僕はせいぜい腰の周りから胸の下ぐらいに、僕が言うところの「命令」を打ち込んだだけだ、それも瞬間的なもので/これは僕が知っている方法であってヨーガの道場でやるものではないだろうが、性質としては明らかにシャクティパットだ、ただし心身の鍛えられていない者がマジの秘術をやられたら心身がブッ壊れてしまうので、「瞬間だけ見せてやるからあとは自分でつかめ」とする、穏健な方法を採っている(おれはヨガ道場を開いた覚えはないので)。
そして、「グル(導師)デスカ?」と見抜かれたという話だが、このとき何が起こっていたかというと、そもそも何を指して「グル(導師)」というのかだ/「グル(導師)」というのは、「弟子に高次にシャクティパットを施せる実技の持ち主」を言うのだ、単にエライ人のことを漠然と導師と言うのではない、だからあの日あのとき、「グル(導師)デスカ?」と訊かれたのは、正式な意味において当たっていたのだ、漠然と「それっぽい」と言われたのではない、「シャクティパットを施せる方ですか?」と見抜かれたということ、それがあの日に起こったことの真相、だから僕はこころの底からギクッとした。

あの人に視えていた僕が、みんなには視えていないということ。

魂魄のスキマに生じる、刹那の爆発を――これはどうしたって宇宙的なモンになるが――バッと入れてやると、その直後に「世界」がバッと広がることになる、それで「うわあっ」から「ワーイ」「キャッキャ」となるのだが、そのすべての行程において、誰一人、僕のことを見てはおらず、みんな自分のことだけを見ている/そして何の奇縁か、通りすがりの外国人の方だけが唯一、僕のことを「見た」ということになる、僕のやっていることを見てくれたのはさしあたりあの人だけだ。
なぜそんなことになるのだろう? と、嘆く気持ちがかつてはあったが、今はすでに割り切っている、つまり「日本人だからしょうがない」と割り切っている、今のところ「日本人は自分のことしか見ない民族なんです」と言わないと整合しない状況が実際にある、それは今や嘆きではなく単なる学門上の定義だ/かつて徳川家がそうであったように、自分だけよければいい、あるいは自分の「家」だけよければいいという性根が、日本人という民族の特質としてある、僕はこのことを糾弾する意図は持っておらず、それどころか「正直になったらどうだ」と諭したい気持ちを今は覚えている、自分さえよければいいというのが本性なら、その本性を偽ってもしょうがない。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |