☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< さっさと整合させるための愛の仮説3 | TOP | 是正は悲劇を縮小するが幸福をもたらしはしない >>
響き渡る、悲鳴、哀しみ、罪業のecho

とつのナゾが解けた。
もし、この世界のありとあらゆるエコーが、横隔膜に聞こえてしまったら、人はあっさり発狂してしまうだろう、すさまじい残虐や冷酷もこの世界には為されているのだから。
もともとギリシャ神話の妖精エコー自体、その物語は悲鳴と哀しみに満ちている、エコーはパーンの求愛を拒絶したことで八つ裂きにされ、ヘラによって発話を奪われ、さらには恋したナルキッサスに侮蔑され痩せ細り、ついに堪えきれなくなり、消え去って、木霊だけの存在になったのだ、もしその妖精エコーの声が横隔膜に届いたら、その哀しい悲鳴が聞こえ続けることに人は堪えられないだろう、<<エコーは大前提、哀しみの悲鳴だ>>。
われわれはたとえば、戦争で死地に出撃したわれわれの国の兵士たちに対してさえ、「軍に洗脳された国粋主義のアホで、侵略者のクズ、悪魔の手先で人殺しの人たち、わたしの清潔さと比べるとおぞけが走るわ」という扱いをしている/ここでもし、郷土のために若い命を散らした兵士たちの「エコー」が聞こえたりしたら、われわれは己の罪業で気が狂ってしまうだろう、侮辱された兵士の悲鳴に、己の愉悦高まる声がエコーに重なり響き合っている、それは基本的に劫のあいだ消えない。

そんなことはまずい、という理由から、われわれは、横隔膜にエコーが届かないように、横隔膜をロックしているのだ、<<聞こえてしまったら己が破滅してしまう>>、だからエコーが聞こえない・使えないほうがよいのだし、そのほうが正常であって健康なのだ、このことは手続きの改正を要求するだろう。
つまり、聞こえてしまったら破滅的なその悲鳴、哀しみ、罪業の深さよりも、それをさらに上回る慈悲や愛のエコーが聞こえないと、成り立ちようがないのだ、われわれはその庇護に縋らないかぎり、この世界に本当に響いているものを、一身で受け止めることはできない(できてたまるかよそんなもん)。
わかりやすく、たとえば先ほど述べたように、われわれは旧軍の戦死者たちを、英霊とはみなさず気ままにディスって遊んで暮らしてきたのだが、もしそのエコーが死者共々のエコーと干渉し合って鳴り響いているのだとしたら、それはどんなことになるだろう、数十万に及ぶ御霊(みたま)の合祀を気ままにディスって遊んでいたわけだが、そのすべての蔑まれた御霊の悲鳴が横隔膜に常時届いたとして、本当にそのことに平気で堪えられるのだろうか、あくまで「もし」ということだ、もしその御霊のエコーが横隔膜に届くということがあったとしたら。
そして、たとえ自分限りが、かつての勇敢な兵士たちの御霊をディスって遊ぶのはやめようとしたところで、周りはいくらでも好き放題に言うわけだ、そうするとやはり悲鳴のエコーは鳴り止まないことになる、じゃあやはり自分もとばっちりのように発狂するしかないだろう、こんなものどうしたらいいのだということになって、そうなるとやはり、カミサマやホトケサマに縋るしかないのだ、巨大なエコーの総本山と接続していなければわれわれ個人ごときには処理不可能だ。

本部に接続していないキヨスクなんて、すぐに枯渇するに決まっているので、シャッターを開けられない。

たとえば新宿駅は、一日に350万人も乗降客があるのだ、末端キヨスクの品物など一瞬で消し飛ぶだろう、本部とつながっていなければどうしようもない/それでいうと戦争で亡くなられた人の御霊などもちょうど同じぐらい数百万に及ぶはずだから、やはりその膨大なエコーを個人で処理するのは不可能だ。
終戦記念日が近いからといって、旧大戦の話をしているわけではない、なぜわれわれの横隔膜はロックされているのかというナゾについて話している、そのナゾはひとつ解けた、「膨大な悲鳴と、哀しみと、己も含めた罪業を、すべて聞き取り、それを上回る慈悲や愛に縋ることで、なんとか成り立つ」などという前提で、誰も横隔膜のことなんか考えてねーよということだ、そりゃ当たり前だ/さしあたり現実的には、「悲鳴が聞こえなくてよかったね」と、アホみたいなことを第一に言っておくしかない、これは揶揄ではなくマジの本質のことだ、第一のステップはそこだ。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |