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是正は悲劇を縮小するが幸福をもたらしはしない2
女差別や、ブラック企業、あるいはLGBTなどが近年の話題だが、とにかくテーマは「是正」に掛かっている。
「不当」があるので、「是正」しろ、ということなのだが、どうもこの是正テーマの周辺には、常に不穏な空気が漂っている、この空気の正体は何か。
むろん、正体はこれだ、と断定できるわけではないが、大きな可能性として言いうるのは、一部の誰かが、己の「不幸」を、己の「悲劇」と取り違えているのではないかということだ/不幸というのは悲しいものなので、ここに劇的なキモチが加われば、それは「悲劇」なのだと自分に加工拡張されるかもしれない。
誰しもにとって、己を幸福に至らしめるということは、なかなか困難なことであって、それが容易にゆかないということは、常に悲しみが漂うものだ、そのことは多くの人が弁えているものだが、一部の人においては、その弁えがないのかもしれない。

たとえば「いじめ」のような問題もある、「いじめ」はむろん不当なものだから、さっさと是正されればよいし、さっさとクラス替えや「監視」等の措置が執られればよい(むろん加害者側にだ)、ただしそれで「いじめ」の是正が為されたとしても、いじめられていた者が幸福になるわけではない。
何の理由もなく「いじめ」があれば、それは被害者にとって悲劇だが、その悲劇を取り去ったところで、当人の幸福が得られるわけではない、仮に彼が「つまんねー奴で、どこかうっとうしい奴」だったとしたら、措置が執られた後も彼は、やはり「つまんねー奴で、どこかうっとうしい奴」と扱われるだろう、そこにいじめの悲劇はもうないが、己の不幸は引き続き残るわけだ。
仮に、ある女性が、男性と同程度に就学できて、就職活動もできて、ひとたびは苦役させられたブラック企業からまともな企業に転職することもでき、バイセクシャルであることも「別にいいんじゃない」と認められ、かつて受けたセクハラやパワハラへの告発と報復が成功したとしても、それで幸福になるわけではない、やはりその当人が「つまんねー奴で、どこかうっとうしい奴」なら、そのとおりに扱われ続けるしかないのだ、友人や愛する人は得られないだろう。
目を背けたくなる瞬間があって……僕が思うに、その瞬間、ワッと誰かに火がついているのだが、その火がついた人々はつまり、自分の不幸を不当悲劇のせいにできるという勢力であって、その人々の起こすワッとした色めき立ちに、僕は思わず目を背けているのだと思う、自分が不幸なのは誰かのせいだと断定することが姑息救済になった人々の目つきには、独特の充血と粘り気がある。

僕は正当に幸福でありたいし、不当にも幸福でありたい。

ごく一部の人は、あまりにも強引に、「自分が幸福になるということは、誰かを踏みにじって蹴落とすということでしょ」と言いがかりをつけてくるが、これはまさに言いがかりであって、いくらなんでも投げやりな、根拠不明の感情の吐出でしかない、僕は誰かを踏みにじるとか蹴落とすとかいう、カッタルイことのすべてがない状態を幸福と呼んでいるのだ、それを得続けていくことは、そんなに容易なことではないけれども。
この現代においては、「信じがたいほど不幸な人」が、少なからず潜在しているのは明らかだが、その信じがたいほどの不幸が、実は不当や悲劇のせいではなく、純粋なオリジナルの不幸なのだと認めることは、壮絶なことかもしれない/実際、ここ数年で、いくつかのことは是正されてきたはずだが、それによって世の中に幸福のムードが満ちてきたという感じはまったくない、となると、あのワッと色めき立つ人々は、果たして何かに向き合っている人たちなのか、それとも正反対、何かに向き合わず逃げている人たちなのかもしれない、その可能性は大いにありうる。
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