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是正は悲劇を縮小するが幸福をもたらしはしない5

「イナゴの大群」が襲ってくることがあると、アフリカなどではよく言われる、あれは、緑色や茶色のバッタが飛んでくるのではない、真っ黒になって歯と翅を強化した大群の「飛蝗」が飛んでくるのだ、これが起こると、生きものとしての性質が大きく変わってしまう。
そのことを、「相変異」という、真っ黒の飛蝗は「群生相」だ、そういう秘められた遺伝子があるのだ/あまり知られていないことだが、われわれが夏場に見る日本のトノサマバッタも、狭い箱の中に多数で閉じ込めておくと、相変異を起こして真っ黒の「飛蝗」になるのだ、これは特定の環境下においてそういう遺伝子のトリガーが引かれるということだが、いったんこの相変異が起こると、もう元に戻るということはない、何でもかんでも囓り尽くす真っ黒な飛蝗のままその生涯の終わりまで飛び回るのだ。
この性質は、蠱毒(呪術)にも関連しているように思われるが……とにかく、人間のする「革命」というもの、革命というのも実は、人が政治的な意志によってするものではなく、革命に向けての相転移が起こるような遺伝子が仕込まれてあるのじゃないかという気がする、特定の条件[混み合い、地下、密閉、共(共食い)、絶え間ない情報と議論の声、生への執着、血、僻み、念、呪(言語)、最終勝者]が整うと、人が単に「革命相」に相転移するのではないか/実際、歴史的にも、革命というのは思想的というより、現場では流血的に起こっている。
今、男女、つまり「異性」ということについて、是正ではなく本当には粛清と流血の伴う「革命」が求められているのが実情だが、それは単に、環境から革命相に変異した人々が、たまたま「異性」という念をターゲットに方向づけられているだけではないのか、あるいは現象の根本が蠱毒に通じている以上、呪術によって意図的にこの状況を創出することも可能なのかもしれない、そういったことに僕は詳しくないので、あくまで想像の範囲でしかないが……

われわれは、人間の仕組みを、すべて知り抜いているわけではない/原因不明のことなんかいくらでもあるのだから、それだけよくわかっていない仕組みがいくらでもあるということだ。
たとえば「地下アイドル」というブームがあって、最近はもう当たり前になったが、地下アイドルの劇場のあのムードは、地上の者たちにはまったくよくわからないものだ、けれども地下劇場の彼らにとってはあれが自然に出てくるのだろう、そう考えると確かに地下アイドルが生じる場面は、先に述べた「特定の条件」群に当てはまる、あれも「革命相」のひとつの現れ方なのかもしれない/われわれの体内にそういった遺伝子がないとはいえないし、いわゆる「オタ」たちがこぞって「大出血」でアイドルに投資するのも原理的に説明がつくのだ。
そういうことであれば、やはり「特定の条件」が整った中で、ある念と呪で誘導すれば地下アイドルという革命が生じるし、また別の念と呪で誘導すれば、「異性」ということに向けての革命も生じるのかもしれない/僕も現代に生きる一人の男性として、女性たちから強く「流血」を乞われている感触をヒシヒシ受けている、それは女性たちの思想によってではなく、解発された遺伝子によってだ、思想的にはみんな僕のことを、なるべく守りたいと考えてくれているらしいのだが……
不当を是正する、という理性的なモットーから始まったいくつものことが、けっきょくそれだけでは盛り上がらないし、実効力を持たないのだろう、どこからか血眼が入り込み、かつて求められていた「不当の是正」は、不当な者を打倒する「革命だ」ということにすり替わっていった/「特定の条件」下で遺伝子のトリガーが引かれた人は「革命相」に相変異し、偽りのモットーの裏側で、ただ粛清と流血を求めている、「革命」が求めるものはひたすらの流血なのだ(革命においては血しか説得力を持たない)。

「革命」は、「差別」などという生ぬるいものとはケタが違う。

今、男女平等やLGBT解放の矢面に立つべき人として、求められているのは――さらにいえば、チヤホヤされうるのは――、そのことへの理性的な論者ではなく、そのことへの「革命戦士」ではないだろうか、「死をも恐れない」という戦士/かつての共産革命のときによく知られたことだが、共産革命で独特の奮迅を示す者は、みな「革命戦士」と呼ばれたのだ、そして何でもない電車の中で市民たちから一斉に励ましを受けるぐらい、当時の革命戦士たちはチヤホヤされていたそうだ、彼らがテロリストになって爆弾を仕掛けて回ったりする以前は。
むろん、何度も言うように、差別は不当であって、不当はさっさと是正されるべきだ、だがその是正で幸福が得られるというのは幻想だし、現在そちら方面に高まってとどまるところがない不穏の空気は、やがて幸福どころか流血に定義された者たちの大群を生み出すのではないか? かつての共産革命にせよ、ルワンダ大虐殺にせよ、われわれは未だ「異様な流血の時代」がどのように生じるのかについてわれわれ自身の仕組みを知らない、高まり続ける気運の中で、今日が革命前夜なのかもわからないし、明日が革命当日なのかもわからない。

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