☆いい女☆で行こう!

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愛がすべて・愛につける(ワークショップ)
てそんなわけで、今日もワークショップがあるので、やるならやらないといかんわけだ、そしてやるからには絶対に、ややこしいものにはしない、おれがやるからにはステキで楽しく痛快でわかりやすいのだ、こんなところを曲げるほどおれはアホではない。
ワークショップの進行に伴い、当然ワークはより深く補充され、理論は奥深くに到達する、今回新しく導入されるワークは「身体を横隔膜につなぐ一番具体的な鍛錬」であり、新しく承認される理論は「愛がすべて」だ、この説明すらわからん奴はもうずっとパスドラでもやっているしかない。
今日は何か、何に感応してくれたのかは知らないが、あちこちからたくさんの人がくるぞ、誰がどのタイミングでくるのかもう管理していないが、まあやることは一緒だ、さっさとやってさっさと終わらせよう、それはさっさと出来るようになるということではない、さっさと万引きすればいいのであって、世紀の大泥棒になるのはずっと先ということだ、その意味でさっさと万引きしろ。
「愛がすべて」ということには、誰も異論はないと思う、愛のない奴には最終的に果実ゼロでいいじゃないか、これ以上ごもっともなことも他にない/ただこのことを忘れないことだ、どれだけ熱心にワークやら技術やら技術やら造詣やらを深めても、愛がないなら全部0点で確定でっせということ、このことを忘れないこと、愛がないのに技術だけ身につけるというのは、無人島に鉄道を敷くぐらいアホなことだと理解しておくこと。

技術は、身につけることができる、だが当ワークショップはそのことを根本的に否定するものだ、「身につける」のではなく「愛につける」のでなくてはならない、テメーの身に技術があるかどうかなんてどーでもよろしい、「愛につけなければ何も面白くない」「技術を身につけるだけじゃ、まるでフィンガーテクで女をイカせたがるおっさんみたいだわ!!!!」と定義しておこう、その点は容赦なくしておく、愛につけず身につけるだけの人を「手マンおじさん」と当ワークショップでは呼ぶことにしよう、こんなメチャクチャなワークショップは絶対ヨソにはないぜ。
「手マンおじさん」にならないために、当ワークショップでは、「愛」とは何かを定義する必要があるが、愛は世界愛でーすと投げやりに言う前に、「愛は自分の中にはない」と定義しておこう、世界愛なのだから自分愛ではないわけだ、ここでどうしても自分愛を「愛です!!」と言いたがる人がいるのだが、この人は手マンコースに行ってもらうことにして、当ワークショップにおいてはその寝言を捨象することにする/少なからず、人のワークショップに来て、自説を保持する奴がいるものだが、そいつは何なんだよ、自説は自宅に帰ってからナデナデすればいいだろ、わざわざおれのところに来てナデナデするな。
「愛がすべて」なのだが、ここでは、「愛」というものを、自分の知らない「ナゾの現象」と定義し、そのナゾの現象に己の身を放り込んでいく、というスタイルを取る/もちろん、自分に見えていないナゾの現象に己の身を放り込んだりはできないから、ここで指導者が要るわけだ、テメーの知っていることをやるだけなら指導者なんて要らねーんだよ、だいたい人間は社会人の二年目ぐらいになると、森羅万象のすべてを自分は知っていると前提することになるので、その後はもう何も学ぶことはできない、あとは加齢とフィジカルを戦わせていくだけだ、よくそんなヒマでキツい生き方ができるな。
アメリカ産のビーフを食べたことは、誰でもあると思うが、レソニナ産のアフィソを食べたことがある人は、ほとんどいないのではないだろうか、それを食べると横隔膜によいとされているのだが/それぐらい「何それ」という、未知でありナゾであっていい、レソニナ産のアフィソについて自説を持っている人はいないだろう、そんなもの誰かが輸入してくれないかぎりあなたはそれを摂取することはできない。

あなたに「愛がない」ということは、あなたの姿に、レソニナ地方のアフィソ相が出ていない、ということだ。

「それってどういうこと」といって、あなたには見当のつけようもないだろう、レソニナ地方のアフィソ相??? それぐらい「まったく知りません」でいいのだ、まえもって「愛」についての自説が入っているから話が拗れる。
「愛がすべて」、このことをカッキリ定義する、いかなる努力のロマンも、「愛」が見当たらないなら完全に否定される/もし希望する人があったら、自分には「愛」があるのかどうか、あっさり判明するテストをして差し上げよう、まあすべてのワークはそのテストを兼ねているのでもあるが、とにかく「愛」の再定義が為されないといけない、<<愛は自分のキモチの中にはない>>、「そりゃそーだ」と言えるまではまだ何もわかっていない。
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