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愛がすべて・愛につける(ワークショップ)2

につける、愛につける、身につけるのではなく愛につける……
それぐらいは、連呼して、暗記していてもよいのかもしれない/むろん暗記しても何の役にも立たないが、いつかの未来で、ふと思い出すときがあるかもしれない。
つまり、身や我はすっからかんなのだが、「愛」が入ってくるので、「うおおお〜」となるということ。
その「うおおお〜」は空であり、円であり、何もしておらず、真空の気で、軽く速いということ、時間が流れていないということ、変動せず一定だということ、ボサッとしてんじゃねーよ、そして、テメーのキャラで「うおおお〜」じゃねえんだよ、愛についていないとテメーのキャラしか出てこないだろうが。

もちろん具体的には、横隔膜の初歩の初歩から、いやそれどころか、横隔膜以外の箇所がいらんことをしないように、全身をつないで気魄・剛体……というようなことからやっていかないといけないのだが、それにしても、最初の最初から、奥義たる「愛がすべて」ということを打ち立てておかないと、すべてのことに筋が悪くなるだろう。
愛がすべてなのであって、その他のすべてを完璧に和算しても、「愛」にはならない、このことをよくわかっておくことが肝要だ、それは一回死んでしまった死体を、その後どのように完璧なコンディションに整えても、生き返りはしないというのと同じだ、愛が全てなのであって、その他のすべてを完璧に整えても、褒美に愛が得られるということは決してない、あなたが完璧でも「愛」はあなたの内にあるものではないので、完璧なあなたは0点のままの完璧さんにしかならない。
あなたが人に、どれだけ大量の水をぶっかけたとしても、相手が「雨に打たれた」とは言わないだろう、相手は「雨に打たれたいの」と言っている、あなたはどうする、あなたが消防車のホースで水をぶちまけたとしても、それはやはり「雨じゃないわ」と言われる、「これは降り注いでくる雨ではないわ」。
ええいめんどくせえ、言葉にせよ眼差しにせよ、歌、踊り、声、振る舞い、その他すべての行為、またすべてのタイミングや触れてくるニュアンスは、本来「降り注いでくるもの」であって、己がドーンとやるものじゃねえんだよ/それで、降り注いでくるものをキャッチする器官が凍結していたらどうしようもねえだろという話、四方八方から降り注いでいるのがわかんねーのか、スマートホンでさえちゃんと着信しているというのに、なぜお前さんはスタンドアローンで、着信もしていないのにバイブするんだよ、着信もないのにブーブー唸るのがメーワクなんだよ。

スマホの内部に電波はない。

当たり前だ!! 外部から着信するから値打ちがあるのであって、内部で着信されたら何のマシンか意味不明でたまらん、愛は自分の内側にないというのはそういう意味だ、四方八方から降り注いでいるというのは、そりゃwifiの接続先を見たらわかるだろ。
「愛につける」というのは、「着信についてバイブする機能をプリーズ」というのと同じだ、機体についてバイブする機能は要らんのだ、なんなんだそのマシンはよ/愛がナイスなのであってテメーがナイスになることは決してない、愛が主体なのであって、テメーが主体になるのは全ハズレだ、そして愛は常に100点だし、テメーは常に0点だよ、じゃあ100点の獲りかたも0点の獲りかたも明らかじゃないか、愛につけてりゃヘタクソでも100点なんだよ。

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