☆いい女☆で行こう!

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WS報告007(1)
曜日のワークショップが土曜日の朝に終わり、デニーズで朝食を取り、話し込んで、帰宅して風呂に入って、慌ててレーズンをかっ食らいつつ、急いでケイデンヘッドのリンクウッドを飲みながら、この報告を書いている/で、この後寝て起きたら、「今日も」ワークショップがあるんだよ、自分でやっていることだが正気の沙汰とは思えない。
よろこばしい報告だが、今回のワークショップは、まったく誇張のない大成功で終わった、多くの人が一通り命令法の基本が出来るようになり、一部の人は余韻法の入口を掴み始めた。
「次回のワークショップは絶対に来た方がいい」と、堂々と通告していたのだが、まさにそのとおりになった、これは紛れなく大きなブレイクスルーを経たといえる/多くの人は「わからん」の状態から「やりたい」の状態にまで進んだ。
方法の端緒としては、「そんなん誰でもわかるやろ」という、アホみたいにわざとらしく大きいエコーを届け、とにかく「聞こえる」「わかる」という状態を先行させた、それで命令法が通るようになると、逆に僕の技術の精密さがわかってもらえるようにもなった(「品質が違う!!」の評)。

それにしても、やはり今回、最奥で効いているのはあの方法だ、呼吸法まがいを入口にして、己の身体を「聞く」こと、己の身体によって自分が「動かされる」ということ、己の腕を「聞く」ことで、横隔膜が「動いてしまう」ということ。
この手続きで、まず己の身体を「聞く」ということ、それが自信となり、つづいて相手の身体を「聞く」ということ、相手の勢いを「聞く」ということ、それを「聞く」ということが「イエス」のなのだということ、こちらが「言う」のではなくこちらが「聞く」から「マスター」なのだということ、このことがバババッとつながった。
己の身体を「聞く」ということ、それを「聞く」がゆえに横隔膜が「動いてしまう」ということ、このことがけっきょく余韻法の導入にもなっている、すべてのことはこの「己の身を聞く」ということで一本の線に連なったわけだ、これは大きな原理がまるごと動き始めたことを意味している。
みんな、何もかもがひっくり返っただろ? われわれの身の内に「イエス」はない、愛はない、だから「聞く」ことだけが「愛」であり「イエス」を生じる、われわれが腕を動かすのではなく、腕が我々を動かすのだ、われわれが腕を動かすのは気魄であり「ノー」の機能だが、われわれが腕を「聞き」、腕によって動かされることが霊魂・「イエス」になる/この「聞く」という能力について、横隔膜が最大柔化したとき、三千の何かが「聞こえる」だろう、とにかく横隔膜をこのことに近づけるのだ、今このときにそれを始めれば、十年後にはドエライ差になる。

オセロのように、「言う」だったすべてが「聞く」にひっくり返っていく。

そのための一手が、見つかったということだな、つまり第一に「己の身体を聞け」となる……ダメだもう眠すぎて意識が飛びそうだ。
これを通して、僕の技術も、精度を格段に増すだろう、使い込んだ横隔膜から、これはどこまでの「イエス」を引っ張り出せるのだろうか。
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