☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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命(いのち、めい)

というのは授かるものだ。
「いのち」と読んでもいいし、「めい」と読んでもいい。
僕の目の前にあなたがいるとき、あなたが何であるかについては、僕からの命を授かったほうがいい。
それは口頭で言われるようなことではない、その場でハッと聞き取り、感じ取るものだ、もともと勘のいい奴は昔からそうしてきたものだ。

紫色の夕暮れ、蒸気にけぶる街灯、土煙の匂い、雑踏、大正建築のコンクリート、やる気の出てくる排気ガス。
どう歩くか? どこに歩くか? 自分は学ぶか学ばないか、やるかやらないか、西に行くか東に行くか、飲み食いは如何様な勢いであるか? すべてのものが「世界」に命じられているような気がしないか、まさか自分で決めるとでもいうのか。
僕は目の前に女がいたら、笑わせ、口説き、いい気分にしてやり、女が今いる世界を存分に見せてやろうと思う、ふと気づいたとき「ありがとう」とこぼれて出てくるまで。
それは、僕の願望ではなく、意志ではあるが、思いつかれる意志ではない、命じられての意志だ、世界から命じられてある、他ならぬ僕の授かった命、それが僕の命だ、僕は命を授かったからこそ命のままに応じているのであり、また授からん命に向けていちいち引き受けているのでもあるのだ、「おれにできねーわけはない」とな。

命が忙しい、我意なんか取り出しているヒマがない。

吾我とか我意に、ゴニョゴニョしている人は、よっぽどヒマなんだろう、何もかもに出遅れているから我意なんて取り出しているんだ、そのメカニズムは全部ダサいと、お好み焼きの鉄板に落涙したほうがいい。
祭り囃子が聞こえてきたら、盆踊りだと思わないか、祭り囃子が呼んでいたら僕は行くし、呼んでいなければ僕はいかない、紫色の夕暮れが呼んでいたら行く、呼んでいなければ行かない、「行く?」と考えてから決定することの遅さよ、それではもう盆踊りの命は消えてしまった後だ、それから行くのはまったく別の行為だよ。

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