☆いい女☆で行こう!

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「祝福が欲しいのなら」

魂がどーのこーの、と言っているが、何もむつかしい話じゃない、同じ事はB'zも「ultra soul」と唄っているし、とても有名な歌だ。
「ウルトラソウル」というと、そういうキャッチフレーズと取られているのだろうが、そういうもんじゃない、ultra soul と言っているからには、何かそういうものなのだ、稲葉さんはマジの話をしているのだ、ultraは「超えた」の意味でありsoulは「魂」だ、「吾我を超えたところにある霊魂」で何も間違ってはいない。
ヴォーカル稲葉さんの声は、どう聞いたってフツーの人間の声を超えているが、それは「超えた魂に接続しているからですよ」とみんなに教えてくれているのだ、それが単なるキャッチフレーズだったらあんなにカッコイイわけがないじゃないか。
二番のAメロでご丁寧に、「一番大事な人がホラ いつでもあなたを見てる I can tell」と唄ってくれている、「I can tell」は「気づいたよ、何かわかるよ」という意味だ、それがウルトラソウル(超越的霊魂)だということだ、「夢じゃない あれもこれも」「ホントだらけ あれもこれも」と教えてくれている。

ライブ会場で、"ultra soul!" "hai!" と呼応した人は、少しだけ浄化されて、きれいになって帰るだろう、ただし本意気で呼応した人だけだが/そりゃ超越的霊魂(「一番大事な人」)について説かれたものに、吾我を空にして「はい」と応えれば、何かしら功徳があるだろう。
そこに「ワタシの思念」なんかカンケーないのだ、自分がたっぷり何をお思いあそばしたなんかカンケーなく、テメーの口が何をやったかなのだ、このところ「はい!」と"返事"する文化を与えられずに育った人がとても多いが、それがどれだけ無慈悲で残酷なことか、気づかれないから表面上だけ平穏な世の中に見えるのだった。
祝福が欲しいのなら、どうすればよいか? 「悲しみを知り独りで泣きましょう」「底なしのペイン迎えてあげましょう」「歓びを知りパーっとばらまけ」、そうしたらウルトラソウルは輝き、戦い、羽ばたくのだそうだ(稲葉説)/こういった「教え」はわれわれごときにはナゾに満ちて聞こえるのだが、このナゾを「本当かもしれん」と考え、教えられたナゾに向かって自らを進めていくことを、われわれは「学門」という。
われわれはヒューマニズムにおいて、誰も互いに意地悪がしたいわけではないのだが、ヒューマニズムで祝福に到達できるわけではない、そりゃウルトラソウルなしに「祝福」はムリだろ……稲葉さんがウルトラソウルの到達者(の一人)であることは疑いないのであって、もしそれを疑うのなら、「お前もステージに立って同じように唄ってみい」ということになるのだった、そのとき大惨事()は避けられない。

つまり、ヴォイストレーニングではなくウルトラソウルだそうだ(稲葉説)。

まったく正当なガイドじゃないか、われわれは感謝するべきだ、そりゃヴォイストレーニングに通えば声帯やブレスのコントロールは利くようになり、大きなコントロール声は出るだろうが、そのことは「祝福が欲しいのなら」という望みには適合していないそうだ。
ウルトラソウルについて説かれているのだが、どうも祝福に縁遠い人に限って、そうして説かれている話をまともに「聞かない」のがパターンだ、どう見てもそういうのは、「どうもマジっぽい」「実際この人、祝福されているしな」という人が説いてくれるのを「聞く」のが唯一の方法のはずなのだが、一部の人はそれを聞かず、けっきょくは熱烈に逆方向へ行きたがる/「urtla soul」の逆は、「infra blood」になるだろうか、infra blood が不必要ということではないが、「祝福が欲しいのなら」という望みには適合しない。

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