☆いい女☆で行こう!

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思議の世界とアホになった瞳孔
思議なもんだ、もうこの世に生きる用事はそんなに残っていない。
もともと何かを、必死こいてやらんでよろしい、それはダラダラするということではまったくないが……そもそも「この世」というのを安直に決めつけすぎだ。
われわれは日常、やたらと思議し、頭ン中はずーっと何かを思議しているのだが、それは今の時代だけであって、過去もそうだったわけではない。
思議が悪いのではなく、思議から生じる世界もあって、ただそれは世界のすべてではないというだけだ、いわゆる「瞳孔の不睨」が成らないかぎり、この思議の世界から脱出することはできない。

摩訶不思議な世界があるというわけではなく、思議には思議から生じる世界があり、思議しなければ、思議しない側の世界もあるというだけだ。
ただ、思議によって生じる世界は、偏屈かつ偏狭であり、極めて偏っている、だからそれだけを世界にしていることには極度の無理がある。
人が消えていく……人の命がない、だから人が消えていく、さすがに僕は人の命に反応しないほど鈍感な者ではあるまい、人の命があればそれなりに反応するだろう/思議の世界にはけっきょく命はないので、あるのは格と呪いだけだ、とにかくまったく異なる世界が広がっている。
ひんやりとして綺麗な、あの世界を観たことがないのだろう? 思議の世界はただ現代の特徴であって、過去までがそうだったわけではないし、かつてはここまで誰も彼もうるさくはなかったのだ、なぜ思い出せないのか、ほんのこの数年のことじゃないか。

どうして何もない世界のファンなのか。

現代芸術を見ればわかるが、誰も彼も、芸術の死、何もなさ、無意味の意味を執拗に問うことに大真面目だ、しかし一人でも賢ければ、「芸術が死んだんじゃなくテメーが死んだんだよ?」ということなのだが、本人は思議世界しかこの世にないものだと思っているので、芸術は死んだと本気で思い込んでいる、自分の瞳孔がアホになっただけなのだが、どうしてもそこに視点を向けるのはイヤなようだ。
現代芸術というジャンルが成り立ったのではなく、現代人が芸術というジャンルに土足で闖入したから、何の命も愛もないものが、「これこそ芸術」と定義をスリカエられただけだ/瞳孔がアホになった自分を肯定するために、これまで命あったものを殺害してまわるというのはどうなのか、思えば今の「現代」はそうして成り立ってきたのかもしれない、詩聖タゴールにどう抗弁するつもりなのか。
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