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WS報告009(1)/ユークリッド三角形の内角の和は永遠に180度
「永遠の命」という話がよくウケて、それでワークがグッと進んだ、全員が(マグレもあるが)余韻法の糸口を掴むことができた。
この、糸口を掴むというのがスゲーことなのだが、なぜスゲーかというと、肝心なことはすべて雲を掴むような話だから、その雲を掴んでいるうちに糸口を掴んだのだからこれはスゲーことだ、この糸口に一生触れられないのがフツーなのだから。
「永遠の命」という言い方は、正しくもあり、間違ってもいる、何が間違っているかというと、「永遠の命」といって、命は永遠なのが当たり前だからだ、このことには一般に大きな誤解がある。
「永遠」というのは、何もごたいそうなことではなく、「時間の流れと関係ないヤツがいくらでもあるやろ」というだけのことだ、たとえば三角形の内角の和は180度であって、これは去年も今年も変わらない、一万年前も一万年後も変わらないだろう、「時間」という尺度に無関係なのだから「時間軸がない」「時間そのものがない」、だから永遠だというだけだ、三角形の内角の和が古くなったりはしない、モーツァルトも古くはならない。

「永遠の命」というのは、誤解されているのだ、「永遠の命」というのは、「もし、DNAうんぬんのタンパク質でしかないわれわれに、『命』なんてものがあるのだろうか」という視点から始まることなのだ。
そして、もし利己的タンパク質のカタマリであるわれわれに、「命」なんてものがあるとしたら、その為すべき命令、為すべき勅令のようなものは、時間軸のどこかからは出現していないわな、時間軸と関係ないところから出ているわな、ということだ。
「永遠の命」というテーマは、われわれが永遠に生きるかという話ではなくて、そもそも「命」なる、時間軸と関係ない事象がこの世界にあるのかないのか、という話だ、だからもし、そんなものは「ない」と考える人は、どうぞ命のない生を過ごせばよいし、そういうものが「ある」と考える人は、命ある生を模索すればいい/もちろん僕は、この世界に生まれてきたすべての赤子に、「命なんかないんだよ〜」と吹き込んで生きる根性はない。
「永遠の命」というのは、「もし『命』なんてものがあるとしたら、それは有限のわれわれにはカンケーない、つまり時間軸にカンケーない、永遠のところにあるはずだ、そりゃ数学的にね」ということだ、この話がよくウケた、そしてなぜこの話をする必要があったかというと、この「永遠の命」を前提としてしか、われわれは真の「Yes」に到達できないからだ/有限の生は常に焦っており、Yesなんて寝言をやっているヒマはないのだ。

「あなたたちの命は(もしあるとしたら)どこにありますか〜」「永遠、にあります〜」

そりゃそうで、単に数学的な話、命というのはナマモノの話じゃないし、生鮮品の話ではないのだ、われわれの生身が生きているナマモノなのであって、そこにナマモノじゃない「命」が関係しうるか、しえないかの話なのだ、そして「命が永遠ならまあいいか」と学門が進まないかぎり、われわれの生身が本当のYesに到達することはない。
「永遠の命」といって、なんだそりゃと僕にケリを入れる前に、聖書やヨーガ聖典にケリを入れるように、永遠の命とか言い出したオリジナルはおれじゃねえよ、おれがウソつきというのは、おれがいつもテキトーにいう「ボクは童貞ですから」というあたりはウソつきなのであって、「永遠の命」がウソつきかどうかは、ありとあらゆる神殿のボスにケリを入れにいってくれ。
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